青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

神戸・京都旅行記

スパイスとサウナの旅にしよう、そう決めていた。スパイス×サウナだなんて、想像しただけで快楽の坩堝に蕩けてしまいそうではないか。土日を入れて三泊四日のささやかな夏休みであるからして、行先は神戸・京都に決定した。わりとすんなりと。関西方面はカレーとサウナの文化が関東に比べて何歩も先を行っている印象だ。とは言え、実際のところは、気まぐれなスケジューリングと胃袋の問題で、スパイスらしいスパイスは二食しか食べていないし、サウナもせいぜい3ヵ所といったくらいなわけだけども、それもまた旅の醍醐味だろう。どう考えても長くなりそうだが、旅の記録を簡単にまとめておきたい。


初日。久しぶりに乗る新幹線ははやかった。それは目的地に早く着くというのはもちろんなのだけども、体感として”速さ”を圧で感じてしまう、そのことに新鮮に驚いた。機内に乗り込む前に、東京駅のグランスタで駅弁を買う。駅弁は旅の始まりであるからして、そのチョイスには気を使いたい。焼肉弁当といったガッツリ系は魅力的ではあるのだが、胃袋には限りがある。旅先での食事に尾を引くおそれは避けたい。そこで今回チョイスした駅弁は「おいしい西京焼弁当」であります。
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「味の浜藤」が提供する、その名に恥じないあっさり系のおいしい弁当。西京焼きはもちろん、ひじきやきんぴらごぼうといった野菜中心のおかずが素朴に美味しい。

駅弁を食べ始めるタイミングは新横浜駅を通過してから

これは久住昌之が『孤独のグルメ』を通して、世に広めた理である。

孤独のグルメ

孤独のグルメ

井之頭五郎さんが駅弁を買い東海道新幹線に乗り込み席に座る。しかし、すぐに弁当を広げるような野暮なことはしない。東京駅を出発するやいなや駅弁を食べ始めるサラリーマンを横目に「せこい出張でも旅気分を味わいたいものだ」と、新横浜駅通過まで我慢するのである。その描写がひどく心を捉え、今でも私の行動を縛り付けている。あの漫画を読んだ読者は、シウマイ弁当を食べる度に井之頭五郎さんのことを想うし、焼肉を食べる度に「うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ」と心の中で唱えるだろう。五郎さんが孤独に食事をすればするほどに、人々の孤独は解消されていく、それがあの漫画の凄さだ。まだ初日の車内だというのに1000字を超えてしまった。この先はこういった脱線は極力避けていきたい。神戸に着くまでに、途中になっていた長嶋有『問いのない答え』を最後まで読み終える。
問いのない答え (文春文庫)

問いのない答え (文春文庫)

こんな見事なリフレインの描き方が可能なのか、といたく感動してしまい、また頭から読み直すことにした。


昼前に神戸に到着。駅に貼られていた阪神タイガース金本監督の広告ポスターを見て、「関西に来たな」と感じる。駅の待合室のテレビに甲子園の中継が流れていて、「甲子園球場は大阪ではなく兵庫にある」というのを思い出した。野球に興味がなく、大阪にあると思っている人も少なくないのでは。すっかり冷夏の様相を見せていた東京とは異なり、神戸はこれでもかのピーカン照り。新神戸から地下鉄で神戸三宮へ移動し、荷物をロッカーに預ける。旅先ではいつも、このロッカー探しでドッと疲れてしまう。駅内のロッカーの所在地と空き情報を一括管理したアプリがあったらいいのに、と思う。三宮・元町周辺の移動はレンタサイクル「コベリン」を利用した。ネットで登録してパスワードをもらい、自転車にそれを打ち込むと、キーレスですぐに乗ることができる。清算はクレジット。拠点が複数あり、そこで自由に貸出・返却ができる。電動アシスト自転車なので、楽々と漕げるし(そのかわり車体はとびきり重い)、これはなかなか便利だ。元町方面に自転車で移動し、中華街に心惹かれつつも、「インダスレイ」という南インド料理屋へ。”南インドのママの料理”を謳っていて、毎日食べられる南インドの家庭料理を志向しているらしい。ビリヤニやドーサも名物のようだが、悩みに悩んでミールスを注文した。
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お皿には初めての料理がいっぱいあって、味覚が拡張されてしまう。このミールスのお米は初めて食べるソナマスリライスだった。日本においてはバスマティライスより希少らしく、食べられるお店は多くない。バスマティライスよりさっぱりしていて、カロリーや糖質も半分ほどの健康米とのことで、これが普及したら日本における南インド料理ブームにブーストがかかるのではないだろうか。


神戸という街の雰囲気がとても好きだ。洗練されたシティ感を醸し出しながらも、すぐ側に山と海があるという、”いいとこどり”の感じがニクい。元町や栄町をブラブラして、買い物を楽しむ。旅先というのは妙なテンションに支配されているので、普段は行かないような洋服屋や雑貨屋で散財してしまいそうになるものです。家に帰ると、大抵は「何でこんなものを・・・」と後悔するので、自分を厳しく律していたのだけども、「POLETOKO」という雑貨屋の手作りの木彫り動物が凄くかわいくて、つい購入してしまった。よりによって、1番買ってはいけないタイプのものなのだけども、実際のところ表情もシルエットも大変かわいいし、木の質感といい”黒”の塗り具合といい、とにかく何か琴線に触れるものがあった。たくさんの動物ラインナップの中から迷いに迷って、バクと羊にしました。
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もちろん、これを書いている今は、「どこ置くねん・・・」となっている。この日は何やら花火大会だったらしく、海岸沿いは祭囃子と浴衣で賑わっていた。花火大会であっても、東京のように異様な混み方をしていないのが羨ましい。しかし、花火に目もくれず、サウナを目指す。この日の宿は「神戸クアハウス」というカプセルホテル。
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2種の天然温泉と神戸ウォーターが売りのこちらの施設。浴場の中央に置かれた広い水風呂に良質な水がドバドバと溢れ出ている。この水がミネラルウォーターとして販売もしている神戸ウォーターだというのだからたまらない。温度は18~19℃くらいで、永遠に入っていられる危険な仕様。サウナは珍しいガラス張りで、解放感がある。温度、湿度ともに悪くない。サウナ→水風呂後に、最上階の露天スペースで、チェアに寝転ぶ。安っぽくメロウなイージーリスニングのBGMに耳を傾けながら、神戸の風に吹かれよう。微かに聞こえる都会の喧騒と、すぐ側に感じる山の息吹き。抜群にととのえる。お風呂やシャワーの水も全て神戸ウォーターを使用していて、髪や肌が異様にツヤツヤになってしまった。食事も充実していて、とりわけ米が美味い。水がいいからか、粒が立っている。施設は老朽化していて、清潔感にもやや欠けますが、水の魅力だけで星3つ!です。


サウナと食事を楽しみ、休憩室でぼんやりとテレビを眺めていたら、「どこから来たんだ?」とおじさんに話しかけられる。なんでも彼は甲子園観戦の為に、このカプセルに連泊していて、それを30年間続けているらしい。「19連泊中よ」と誇らし気だったが、すでに甲子園の日程より長くないか。色々と話し込む中で、甲子園の魅力ってやつを熱く語られてしまい、すっかり熱にほだされてしまった。とりわけ、この日の大阪桐蔭VS仙台育英のサヨナラ勝ちをウットリとした顔で語る姿にやられた。気が付けば甲子園観戦の極意のレクチャーを受け、明日の甲子園観戦を決意していた。師匠の教えに沿い、5時起床に備えるべく、早々に眠りにつく。



2日目。見事に5時起床に成功する。まず、朝風呂と朝サウナをこなし、名残惜しむように水風呂を堪能。朝食バイキングで卵かけごはんを食べて(旨い!)、チェックアウト。三宮駅から地下鉄で甲子園駅へ。駅のコンビニでタオルや冷感グッズを購入した。師匠は「こんなとこ泊まってるんだから、どうせ金ないんだろ?」と、コンビニで食料と飲み物を大量に買い込んで持ち込むようにと、指導してくださったのだが、そこまで貧困に喘いでいないので、教えに背いた。カプセルホテルに泊まるというのは、確かに普通の感覚からすれば、旅費節約の為なのかも。あんなにいいサウナなのに。甲子園駅というのがあるのも、そもそも知らなかったのだけども、甲子園は甲子園駅の目の前にある。駅を出ると、既にチケットを求めて長蛇の列ができてちる。「今から並んでも、一塁側の特別自由席は売り切れます」とアナウンスされていたので、三塁側の自由席購入の列に並ぶ。特に贔屓にしているチームはないので、どちらでもいいのである。何とかチケットを確保し、球場に入る。独特の熱気みたいなものに身震いがした。
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観戦した試合についての詳細を書き始めると、終わりが見えなくなるので割愛。広陵の中村くんの打席での雰囲気や東海大菅生松本くんのそつないピッチングなど、記しておきたいことはたくさんあるのだけども。泣く泣く1つだけ選ぶのであれば2試合目の天理VS明豊だろう。まさに高校野球というような名ゲームであった。9回裏を10点差で迎えた明豊が、怒涛の追い上げを見せる。あまりに劇的な代打満塁ホームランを含む6得点を上げるも、惜しくも届かず。会場全体が「もしかすると、もしかするのではないか」という空気に満たされていくのは、鳥肌ものであった。代打・三好くんの満塁ホームランのあと、さらに9番の菅くんがスリーベースヒット。しかし、コーチャーは止めず、菅くんは果敢にホームを狙う。これはいくらなんでもさすがに無謀で、本塁でアウト。このアウトで押せ押せな攻撃の流れは途切れてしまったのだけども、どんなに無謀であろうとも、もう1つ先をもぎ取ろうとする、その姿勢になにやら涙腺を刺激されてしまった。ありきたりな話だけども、生の迫力ってのはそういうものだ。


球場の照りつける日射しは容赦がない。日焼けですっかりヘトヘトになり、三宮へと戻る。この日の宿は「神戸サウナ&スパ」です。
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左端に写っているのはサウナの神トントゥ様だ。トントゥ様は施設の至るところに祀られていて、サウナや水風呂にも鎮座している。迸るサウナ愛。さて、神戸サウナ&スパ、これがもう噂にたがわぬ優良施設であった。広大、清潔、快適。これでカプセル宿泊3500円。ちょっとした価格破壊だと思う。受付もマッサージも美人揃い、施設内にはフィットネスジムまであり、気軽に利用できる。クリーニングや靴磨きといったサービスも用意され、朝食バイキングは無料、珈琲・カフェオレは24時間いつでも飲み放題だ。まったく文句のつけどころがないではないか。肝心の浴場も凄い。水風呂は14℃と17℃の2種、サウナは3種で、1つはセルフロウリュウも可能。アウフグースは30分に1回のハイペースで行われる。ウォーターサーバーが浴室内各地に設置され、タオル、館内着、サウナパンツも使いたい放題。これぞサウナ―の楽園である。無理矢理に難点を探すのであれば、サウナは熱々、水風呂はキンキンと、ともにハイスペックなのだけども、突出した”何か”に欠けることだろうか。あのセルフロウリュウできるサウナが、笹塚「天空のアジト マルシンスパ」や「ウェルビー栄店」の森のサウナほどの実力を兼ね備えていれば、文句なしなのだけど。しかし、全国トップクラスであろうことは疑いの余地もありません。食事も当然のように美味しい。名物のハムエッグはマストだろう。
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カプセルでテレビを適当にザッピングしていたら、『おんな城主 直虎』の高橋一生の処刑シーンに遭遇。文脈は完全に把握できていないが、とにかく「すごいものを観た」という気持ちで満たされた。甲子園観戦の疲れとサウナのリラックス効果で爆睡する。



3日目。「神戸サウナ&スパ」は朝食バイキングも充実。野菜の溶け込んだカレーを主体に、スクランブルエッグやソーセージを自在にトッピングし、セルフココ壱番屋気分を味わった。朝サウナも気持ち良し。3日目にして神戸を後にし、京都へ移動する。途中、高槻駅を通過する手前で明治のチョコレイト工場(板チョコを模した建物が!)を発見。高槻は槇原敬之の生まれ故郷であり、「No.1」という楽曲でもこの工場が描写されている。

夕暮れぼくの街には
チョコレイト工場のにおいがする
いつかおいで
あの河原に自転車で つれて行くよ

ちなみに尼崎を通過する時は土井玄臣の名盤『んんん』から「尼崎の女」を聞いたし、京都ではhi,how are you?とHomecomingを聞いた。我ながら、単純な思考回路である。京都へは頻繁に来ているつもりになっていたが、思い返してみれば、5年ぶり。あの頃はカレーよりも天下一品に夢中だった。偶然、同日にライブをしていたceroのライブをメトロでフラっと観たのが思い出深い。ceroが機材トラブルに見舞われていたのを覚えている。京都タワーは数あるタワーの中でもトップクラスに好きだ、何となく。京都でもレンタサイクルで移動した。猛暑の京都で自転車を漕ぐのはなかなかのものだった。インスタ映えしか頭にない私は、由緒ある建造物に目もくれず、巷で話題の「cafe1001」に2時間並び、チョコミントパフェを食べることに1日を費やした。どうかしている、と思う。しかし、この店、何やらポップカルチャー愛好家っぷりがダダ漏れていて、どうにも他人に思えなかったのである。何と言っても、迸る藤子不二雄愛である。自転車置き場案内のシルエットもよく見れば、『エスパー魔美』だったりする。
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レジ前にはチョコミントパフェに涙を流すドラえもん(「さよならドラえもん」から)。パフェを挟んで、夢眠ねむデザインのたぬきゅん。「ドラえもん≒狸×チョコミントの緑(ねむきゅんのイメージカラー)=たぬきゅん」という式の美しさに唸る。更に店内にはのび太ドラえもんが合体した「のびえもん」のフィギュアもあるではないか。現在はチョコミントブームで大混雑しており、それどころではないようだが、本来はブックカフェ。本棚は良質なポップカルチャーで満たされている。手にとりやすい場所にブルボン小林『マンガホニャララ』と手塚治虫火の鳥』、そして坂元裕二のインタビューが掲載された『熱風』もある。穂村弘若林正恭星野源という御三家の本もバッチリ収納。たくさんのお客さんがいながらも、本棚は見向きもされていない。早くこの熱狂が収まり、本来の客層を取り戻して欲しい、と他人事ながらも思った。
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チョコミントパフェとチョコミントタルト、綺麗ですね。ちなみに、ドリンクのチョコミントココアが1番美味しいです。この日の宿は奮発してちょっといいホテル。会員制のリゾートホテルのチケットを親戚に譲ってもらったのである。本館と別館の移動が、ゴンドラであったり、ボタンを押すと部屋に温泉が湧いたりと、心くすぐる演出にやられた。部屋も身分不相応な贅沢さであった。食事はイタリアンビュッフェ。大浴場も贅の極みな内装。一応サウナもあったが、水風呂が狭く23℃くらいだったので、あまり使い物にならず。数多のプロサウナーの方々は、サウナアドバイザーという職業をいち早く確立させ、各地のホテル施設を改善し、金を稼いで欲しい。



4日目。この日のスケジュールは非常にタイト。まず、「イノダコーヒー」で朝食。どうせなら京都の店舗でしか食べられない「京の朝食」を頼もうかと思ったのだが、クロワッサンというのにあまり惹かれず。クロワッサンはどこで食べてもそれなりに美味いからだ。熟考して、ハムトーストとレモンパイを注文。
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レモンパイは何年か前にスカート澤部渡さんが写真をツイートしていて、その時から羨ましくて仕方なかった一品。メジャーデビューおめでとうございます、という気持ちでフォークを刺す。サイクリングを楽しみがてら、下鴨神社と鴨川デルタを見物。『四畳半神話大系』と『たまこまーけっと』と『ドキュメント72時間』に想いを馳せる。お昼は「ティラガ」というインド料理屋でミールス
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このミールスが感激ものであった。豆と野菜中心の素朴で優しい味わいなのに、しみじみと美味しい。一皿、一皿が美味いが、思い切ってその全部を混ぜてバスマティライスに浸そう。口に運ぶと”芳醇さ”としか表現できない何かが脳内を駆け巡る。京都の街を自転車でブラつき、15時の開店と共に「白山湯」の高辻店に駆け込む。
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人生ベスト銭湯を更新だ。銭湯でここまでの施設のものはそうそうあるまい。静岡の「しきじ」を彷彿とさせる、ドバドバと溢れ出る天然地下水の水風呂。これがもうあまりにも気持ちいい。お湯も天然地下水を使用しており、とにかく柔らかい。とりわけオススメは少し低めの温度に設定された露天風呂で、羽衣のような柔らかさのお湯を堪能できる。サウナは高湿かつ110℃近い最強のセッティングで汗ドバドバ。ここからの天然水の水風呂であるからもう一発でトビます。外気浴用の椅子も充実で言うことなし。更に驚くべきは、サウナは追加料金なし。430円で全部が楽しめてしまいます。近所にあったら毎日通うこと間違いなし。京都にお住まいの皆さまに嫉妬の嵐です。ちなみにサウナマナーはそれはもうひどいもので、かいた汗をストーブにかけたり、汗をふいたタオルをしぼったりと、勝手なセルフロウリュウが横行。タオルを水風呂に浸すのなんて当たり前しである。かし、これがここのルール。文句は言うまい。新幹線の時間に間に合わせるべく、急いで京都駅へ戻り、適当に土産を見繕い、帰路に着いた。旅って最高、でも部屋でnetflixやナイターを観るのもそろそろ恋しい。早く帰って、『マスター・オブ・ゼロ』のシーズン2を観なくっちゃ。

岡田恵和『ひよっこ』20週目「さて、問題です」

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あるど、澄子
おめえにいいこどはある
起ぎるよ

そのいいこどっていうのは・・・5分後に始まります

さながら預言者のような豊子(藤野涼子)がいる。思わせぶりな台詞の数々に、「なんだ、なんだ?優子に続いて結婚か?」と、澄子(松本穂香)のみならず視聴者もソワソワです。翌日の放送にて、豊子のニヤケ面のそのわけが「喜ぶ澄子の姿を想像していたからだった」とわかった時の幸福感ときたら!豊子&澄子、フォーエバーである。


豊子がクイズ番組を勝ち抜き、賞金30万円とハワイ旅行を獲得する。「がんばろうね」「がんばりましょう」と声に出して踏ん張ってきた『ひよっこ』の乙女たち。

きっとあるよいいこと、必ずあるみんなにある、私には分かる

という愛子(和久井映見)の無根拠ながら真っ直ぐな励ましも素晴らしかったのだけども、彼女達の”がんばり”が、ついにはっきりとした形で報われた。

がんばってたらいいことあるね

たくさん傷ついてきた彼女たちが、確かな実感を込めて放つその言葉に、涙腺を刺激されてしまう。豊子に”いいこと”をもたらしてくれたクイズ、その最終問題は、澄子の苗字である「青天目 なばため」の読み方を問うものであった。東大生のクイズ王ですら間違えたこの問題、もしかしたら澄子と出会わなければ、豊子であっても答えられなかったかもしれない。「かけがえのないパートナーに出会った」という豊子の実感が、言葉ではなく、物語の筋として結実する。実に美しい筆運びではないか。



とにかくおもしろい*1。これが「生放送のクイズ番組に出演する豊子を、みんながテレビの前で見守る」というセオリー通りの展開であったら、ここまで感情は揺さぶられなかっただろう。クイズ番組が録画放送であること、その”捻り”がこの115話と116話をグッと魅力的なものにしている。

こういうのって今やってるんじゃねえのがよ

と澄子さながらに驚いてしまう。ついこの間、みね子(有村架純)が急遽出演したお茶漬けのコマーシャルですら、撮って出しの生放送であったのに。『ひよっこ』が描く1960年代、テレビ放送は目まぐるしく進化しているのだろう。録画放送という概念が脚本に組み込まれることとで、「テレビに映る豊子を、豊子が見る」という時間と空間の捻じれが巻き起こる。これがおもしろいではないか。結果は全てわかっている豊子が、みね子たちと一緒になってクイズの結果に一喜一憂する姿はどこか愛おしい。豊子を演じる藤野涼子の預言者めいた佇まいにはどこか”神聖さ”すら漂っている。また、テレビの中の豊子の「簿記と速記とそろばんの資格を取ってます」という発言に、「ね〜!」とテレビに向かって反応するみね子。目の前の豊子ではなく、時間も空間もズレた所にいる豊子と会話をするというズレが、そのかわいさを倍増させている。前述の通り、豊子は登場してから終始ニヤケ面、「これから”いいごと”が起こります」と何度も宣言しているわけで、みね子らにしても視聴者にしても、このクイズ番組の結果はわかりきっているはず(秋田の優子と澄子以外は)。であるにも関わらず、誰もがそれに気づかないふりをして、手に汗握り、クイズの行く末を見守るというこの共犯関係が生み出す親密さ。豊子が小水勉三(ラバーガール大水)にリーチをかけられようものなら、BGMもここぞとばかりに盛り上げるのがおかしい。視聴者の関心はクイズ番組の結果ではなく、その結果をしった澄子のリアクションにスライドしていくわけだけども、その期待を裏切らない満点の表現を見せてくれる松本穂香さん。



優子(八木優希)が同窓会に参加せず、嫁ぎ先の居間のテレビで結末を見守っているという演出も効いている。離れた場所にいる人が、同じ時間に、同じものを見つめ、同じことを考えているということ。テレビが巻き起こした愛子の部屋の熱狂があかね荘全体に伝染し、早苗(シシド・カフカ)たちが引き寄せられてくる。そして、テレビは、遠く離れた秋田の地でも、同じようにして熱を生み出す。そして、それを見つめる我々もまたテレビを通して、同時多発的に熱狂している。106話は、テレビというメディアの魔法のような力を、メタ的に描き切った良回でもあるのだ。

*1:週単位ではなく話単位で感想を書き出してしまうほどに!

最近のこと(2017/08/05~)

youtu.be
Hi,how are you?の「お盆」はもはやクラシックです。お盆休みに10連休なんていうのは、夢のまた夢なのだけども、世間の浮ついた空気に便乗して、何となくボケーっとしている。お盆に読みたい漫画、という趣旨の記事を「文春オンライン」に寄稿させて頂きました。お時間ありましたら、ぜひお読みください。
bunshun.jp
ブログでは絶対にやらないようなフォーマットですが、好きな事を自由に書かせてもらえました。『ちびまる子ちゃん』と『あたしンち』について、ずっと何か書きたかったのでうれしいです。

新オバケのQ太郎 1 (てんとう虫コミックス 61)

新オバケのQ太郎 1 (てんとう虫コミックス 61)

オバケのQ太郎』は全集でも読めますが、内容が散漫なので、厳選されたてんとう虫コミックで読むのをオススメ致します。

先日、若林正恭の『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』を買って読んだ。おもしろかった。思わず、本棚にあった『社会人大学人見知り学部 卒業見込』と『オードリーの小声トーク』も読み直してしまった。

オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ

オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ

移動中は相変わらず『オードリーのオールナイトニッポン』を聞いている。この間の若林のドラクエの思い出話がグッときた。ドラクエの新作やりたいけど、DSもPS4も持っていない。ゲーム機器ってコストパフォーマンスからすれば、そんなにべらぼうに高いわけじゃない。3万とか4万とか、例えば冬物のコートであれば安いなとすら感じるのに、ゲーム機だとどうにも購入をためらってしまう。幼い頃、ファミコンスーパーファミコンを買ってもらうのに、もの凄い労力がかかった記憶が染み付いている所為なのではという気がしている。気安く買っていいものではない、と脳内が認識してしまっているのだ。仮に思い切って買うとしたら、ドラクエの為にPS4買うのと、マリオが楽しそうなNintendo Switch買うのと、どっちが素敵なのでしょうか。
フレンチ・ラヴ・ソングス (Avec Amour)

フレンチ・ラヴ・ソングス (Avec Amour)

セルジュ・ゲンズブールの初期3作をコンプリートした『フレンチ・ラヴ・ソングス』が1000円以下で売り叩かれていたので、購入して家でチマチマと聞いている。凄くゴージャスな音楽だ。何を謳っているかさっぱりわからないのですが、タイトルが「唇によだれ」って曲があって、わぁ、と思った。



「最近のこと」を1週分書きそびれてしまった。どうせスパイスとサウナの話ばかりですが、せめて土日分だけは思い出し、記録しておきたい。土曜日は、自転車で高円寺まで走り、ヴィレッジヴァンガードでHAPPLEのインストアライブを観た。相変わらずご機嫌な演奏と切実な歌。私にとって1番リアルなソウルミュージックを奏でてくれるのはHAPPLEなのです。ヴィレヴァンに置いてあった『怪盗グルーミニオン大脱走』のガチャガチャに挑戦し、ミニオンのリーダーであるメルを見事ゲットした。メルは髪型が気持ち悪いがクールなやつだ。
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ライブ後に「インド富士子カレー」で二種盛りを食べる。むちゃくちゃ美味しい・・・ポークビンダルが絶品だったが、次はフィッシュカレーも食べたい。近所だったら毎日食べたい。このお店は真上にはレコード屋「円盤」がある。何とも偶然に、この日の「円盤」でのライブは「毎日カレーで構わない」でお馴染みの姫路のジョナサン・リッチマンことほりゆうじの演奏だったらしく、少し聞き漏れてきた。
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名曲だぜぇ(©「SMAP5人旅」のカラオケの時の中居くん)。覗いていけばよかった。録画しておいた『ハロー張りネズミ』4話を観た。内田慈に古舘寛二に上田遥。ほとんどハイバイを観ているような。「下赤塚はチェーン店が全然ないですよね」と言いながら、山口智子深田恭子が「餃子の満州」から出てくるという冒頭のシーン。餃子の満州は下赤塚の命だぞ!


日曜日は電車で御徒町まで出かけて、南インド料理の名店「アーンドラキッチン」でランチのミールスを食べる。
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カレーはもちろん、ラッサムやチャパティが絶品。サービス精神も旺盛で、この日はおまけでキーママトンカレーがついてきた上に、おかわり自由のバスマティライスに加えて、何故かビリヤニも「食べますか?」と配りまくっていた。大盤振る舞いにも程がある。すっかり満腹になって店を後にする。ユニクロの近くに伝説ポケモンのサンダーが出現したらしく、たくさんの人が集まってレイドバトルに勤しんでいた。夏休みって感じがしてウキウキしてしまう光景だ。御徒町からアメ横を抜けて、鶯谷まで歩く。途中あまりに暑いので、お茶屋さんの店頭で販売していた冷茶を飲んだ。上野公園の喧騒を抜けて鶯谷に向かう高台あたりのチルアウトした雰囲気がとても好きだ。昔は東京の東側があまり好きじゃなく、「自分は西の人間なんで」という態度をとっていたのだけども、最近は東東京に強く惹かれている。2017年を、私の中の東西の冷戦終了の年として記憶しておきたい。鶯谷駅から5分ほどの「ひだまりの泉 萩の湯」に突入。今年リニューアルオープンしたばかりの銭湯で、とても綺麗。もはやスーパー銭湯と言ってほどの設備を兼ね備えているのに入館料は460円。サウナをプラスしても580円、タオルレンタルしても700円という料金設定である。コストパフォーマンスで言えば、都内最強か。サウナも水風呂も特筆すべき点はないけども、まずまずのコンディション。そよ風を感じられる半露天の休憩スポットもあり。鶯谷であれば「サウナセンター大泉」をオススメしたいが、男性のみなので、家族やカップルで楽しむなら「ひだまりの泉 萩の湯」は断然オススメである。食事処も美味しいらしい。サウナのテレビで原爆に関するドキュメンタリーに見入った。鶯谷駅前の和菓子屋「竹隆庵 岡埜」で名物であるこごめ大福と杏大福を買って帰る。



月から水は飛ばして、木曜日。3連休突入の景気づけに「タイムズスパ レスタ」へ。毎月10日は「氷水風呂の日」らしく、19時と21時のロウリュウ後に水風呂に氷が大量に浮かび、水温は10℃を記録。ロウリュウ後の10℃の水風呂はもう強烈にドーンと効いて、あまりの気持ち良さにフラフラになってしまった。今後は10日のみならず、20日と30日も「氷水風呂の日」を開催していく構えらしい。レスタの営業努力には頭が下がってしまう。この日も社員らいしき方がスーツに裸足という出で立ちで水風呂を熱心に調節していた。サウナ愛が迸っている。しかし、そもそもの疑問として、なんでタイムズ(駐車場の会社)がスパを運営しているのだろうか。税金対策にしては、気合いが入り過ぎているし、謎である。休憩所で惰眠を貪ってから、帰宅。Netflixで『マスター・オブ・ゼロ』観て過ごす。これがもうむちゃくちゃおもしろい。2話まで観て、「これぞファーザー・ジョン・ミスティが売れる国、アメリカって感じ!」とか思っていたら、3話がファーザー・ジョン・ミスティのプレミアムライブチケットを巡る話でぶったまげた。ライブシーンもあり。

Pure Comedy

Pure Comedy

しかし、あんなに誰もがチケットを欲しがるほどファーザー・ジョン・ミスティって人気があるのだな、向こうでは。日本で言うと、サザンとかミスチルみたいな存在なのだろうか。デフとレイチェルのウィットに富んだ会話に痺れまくる。あんな会話を常に求めていたら、脳がクタクタになってしまいそうだ。ちなみに主演で製作総指揮のアジズ・アンサリは『ピザボーイ 史上最凶のご注文 』のインド人のあいつ!



金曜日。お昼ご飯をどこかで食べようと駅前をブラつくも、どの店もピンと来ず。「生餃子特売日」の看板に誘われて、「餃子の満州」でパックされた生餃子を買って帰った。帰宅して、フライパンで焼いて食べてみて、ビックリ。店で食うより皮パリパリ、肉汁ジュ―シーに仕上がって、抜群に美味いではないか。これで、12個入りで240円だなんて、最強なのでは。もしかすると気づいてなかっただけで、私が冷凍餃子を焼く天才なだけかもしれないので、あしからず。
www.sunday-webry.com
少年サンデー編集部が開催していた「あだち充キャラクタークイズ」に「余裕でしょ」と挑戦するも、後半の問題の難しさに撃沈。『タッチ』の上杉達也と『みゆき』の若松真人が、あだち漫画で1番似ている気がする。「あだち充ヒロイン総選挙」では『ラフ』の二ノ宮亜美もしくは『H2』の古賀春華に投票したい構えだが、現実世界では『H2』であれば、雨宮ひかりみたいなタイプに心奪われてしまう気がする。Netflixで『水曜どうでしょう』の「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」を観る。大泉洋あだち充の対談で、あだちが対談前に「北極圏突入 〜アラスカ半島620マイル〜」と「夏野菜」を観てきたことを伝えたら、「いい作品をお選びになりましたね」と大泉さんが応えていた。私もアラスカと夏野菜、とても好き。『ハロー張りネズミ』5話、なかなかおもしろかった。こういう役も引き受けるからこそ、蒼井優は最高なのだ、と思った。このドラマ、映像がとにかく凝っているのだけど、お話としては何を書きたいのか掴みあぐねる。内田慈が娘に暴力を振るっていたのではないかという疑惑を抱かせるフェイクにあまり必要性を感じなかった。



土曜日。今週の『ひよっこ』も良かった。『ストレンジャー・シングス』の全話観直しを完走。何度観ても震えるほど感動してしまう。
hiko1985.hatenablog.com
我慢していたシーズン2の予告編をついに観てしまったのだけども、どうにかなっちゃうんじゃないかと思うほどにおもしろそうである。結局今年も『ストレンジャー・シングス』の年になりそう(大歓迎!!)。
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昼過ぎに出掛ける。八丁堀の「湊湯」へ。こちらも数年前にリニューアルしたばかりのスタイリッシュな銭湯だ。サウナが抜群のコンディションな上に、この日は何故かサウナ利用者が他におらず貸し切り。水風呂は狭い。水温計は20℃を示していたけども、攪拌しているので、それなりに冷える。子ども達の遊び場と化していて、前半はほぼ浸かれず。サウナの中で、去年の24時間テレビのドラマをパラパラと観た。これがあの高畑の息子がしでかして、お蔵入りになりかけたドラマか、と思うと感慨もひとしお。オードリー若林正恭さんが変な演技を披露していた。結局、最後まで観てしまい、実話なのだと思うと、素直に「凄いな」と感動してしまいました。八丁堀から清澄白河へ地下鉄で移動して、「ナンディニ」でディナー。ミールスを食べるつもりだったのだけども、6時間前に予約が必要とのことだったので、チキンビリヤニ、カレー、パパドゥ、ラッサムなどを頼んで自由に混ぜて食べた。
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ここのビリヤニ、綺麗に染まったバスマティライスのルックも美しいし、めちゃくちゃに美味い…複雑なスパイスのハーモニーでハイになる感じです。虎ノ門にもお店があるようなので、ビリヤニデビューにオススメ。夕暮れ時の清澄白河の街並は凄く風情があった。これぞ日本の夏だ、しみじみする。



日曜日。洗濯物やクリーニングピックアップなどを済まして、電車で銀座へ。「ナイルレストラン」の行列に並び、ムルギーランチを食べる。
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タモリエビちゃん(歌舞伎のほう)も愛したという日本におけるインド料理の原点。鶏肉がホロホロで美味しい。ルーとライスにマッシュポテトキャベツを混ぜこぜに。追加で注文したラッサムを混ぜても楽しい。自分では結構ぐちゃぐちゃに混ぜたつもりでも、「混ぜれば、混ぜるほど美味いよ」と店員が執拗にアドバイスしてくる。混ぜるは美味い、なのだ。小学校の頃、給食のカレーをぐちゃぐちゃに混ぜて食べるクラスメイトの事を少し軽蔑していたのだけども、むしろ彼が正しかったのだ。ごめんね、ワタナベ君。銀座から東京駅まで歩いて、買い物を楽しんだ。

アジズ・アンサリ『マスター・オブ・ゼロ』Season 1

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ソフトバンクの広告が若者たちを「スマホと大人になっていく たぶん初めての人類」と表現していたのだけども、アメリカでは1980年代から2000年頃に生まれた世代を一括りで”ミレニアル世代”と呼び、デジタルネイティブ扱いしているらしい。なるほど、アラサーである我々は「初めてのスマホを持って大人になった人類」なのかもしれない。大人になりきれているのかは、さておき。


完全に時流に乗り遅れているのだけども、2016年にエミー賞脚本賞を受賞したNetflixオリジナルドラマ『マスター・オブ・ゼロ』のシーズン1を今更ながら鑑賞して、すっかり感動に包まれてしまった。現代を生きる、スマホを持たされた大人達の”切実さ”みたいなものが、見事にドラマに落とし込まれていたからだ。「界隈で1番美味しいタコスにありつく為、ネットであらゆる情報を検索して、ピックアップした店に赴くも、検索に時間をかけ過ぎたせいでタコスは売り切れていた」という、まさに”現代のことわざ”のようなエピソードがシーズン1の最終話に登場するのだけども、これがまさに象徴的。「選択肢は無限、しかし、それゆえに何も選べない」というジレンマを皮肉たっぷりユーモラスに描き切っている。*1主人公デフ(アジズ・アンサリ)は30代前半の独身男性である。「結婚は?」「子どもは?」「持ち家は?」「ローンは?」「転職は?」と、ライフプランにおける大きな選択を次々とこなしていかなくてはならないお年頃。そういった人生における大きな決断においても、いつでもスマートフォンが側にあり、Googleがもたらす大量な情報の渦で溺れ、立ち尽くしてしまう。


デフは役者としてそれなりの収入を得ながらも、その仕事に情熱はない。パートナーには困っていないが、結婚して親になる事には”ためらい”がある。個性的な仲間や恋人*2と楽しい日々を過ごしている。かと言って、このままダラダラと時が過ぎていけばいい、とも思っていない。タイトルの『マスター・オブ・ゼロ』は、”何も極めていない”という意味で、まさに何も決断していない状況を指している。観ているこちらも身につまされてしまうほどに、今作が描いているテーマはリアルで切実だ。しかし、アジズ・アンサリの語り口は実に洗練されていてファニー。重苦しいところはまるでない。
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つまるところ、『マスター・オブ・ゼロ』が描いているのは、「一つを選択すると、他のあらゆる選択肢が消滅してしまう」という恐怖に立ち往生する人々だ。しかし、デフはシーズン1の最終話において、「パスタ職人を志し、イタリアへと旅立つ」という決断をする。その選択の影には、恋人であるレイチェル(ノエル・ウェルズ)との別れという”喪失”が巣食っているわけだが、デフがパスタにのめり込むきっかけもまた、レイチェルがプレゼントしたパスタメイカーであった。一つの選択を果たした時、他の選択肢は確かに消えてしまうのかもしれない。しかし、消滅した選択肢たちは、選びとった”道”に確かな影響を与え、息づいている。だとすれば、どんな喪失も恐れる必要はないではないか!!アジズ・アンサリのこの物語の結びに、ひどく勇気づけられてしまったことを告白したい。


「選択の多様性」を描くと同時に、この『マスター・オブ・ゼロ』は多様性そのものを描いている。つまりは、あらゆる価値観が共存する街ニューヨークを、いや、アメリカという国を。インド系アメリカ人であるデフをはじめ、黒人、女性、LGBTなど、これまで差別される側であったマイノリティが多く登場し、今なお根付く差別問題にメスを入れていく。自虐を交えて、ユーモラスに、あくまで物語の歯車の一つとして。そのバランス感覚の秀逸さには、海外ドラマのレベルの高さに圧倒されてしまうことしきり。『マスター・オブ・ゼロ』というのは邦題で、原題は『マスター・オブ・ナン (Master of None)」である。意味は同じなのだけども、原題が"None ナン"いう響きを採用しているのは、「インド人=ナン」というような固定概念を皮肉っているのだろうか。*3「パスタ職人を志すインド人」というラストも、そのギャップに思わず笑ってしまいそうになるのだけども、そんな”ギャップ”すらも、もはや存在してはならないのだ、とアジズ・アンサリは訴えかけている。




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hiko1985.hatenablog.com
同じくNetflixオリジナルであるジャド・アパトーによるこの『ラブ』は、『マスター・オブ・ゼロ』とすこぶる共振した作品だ。どちらも思わず「現代のウディ・アレン」という言葉が頭をよぎる。ウディ・アレンジャド・アパトーもアジズ・アンサリも共にスタンダップ・コメディアン出身。アレンとアパトーがユダヤ系、アンサリはインド系とマイノリティ寄りのニューヨーカーである。

*1:「ありとあらゆる種類の言葉を知って 何も言えなくなるなんてそんなバカなあやまちはしないのさ!」©小沢健二

*2:アーノルドとレイチェル最高!

*3:英語に疎いのですが、Master of Noneは定型表現なのだそうです

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』

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星野源とオードリー若林正恭。この国の”生き辛さ”を抱える人々のか細き声を代弁してきたメディアスターだ。”人見知り”という自虐を武器に成り上がってきた2人だが、年齢を重ね、活躍のステージを上げていくにつれ、奇しくも共に”人見知り”を克服した旨の宣言をする。しかし、その語り口は大きく異なる。星野源の"それ"について語り出すと止まらなくなってしまうので、ここでは若林正恭の脱・人見知り宣言にフォーカスしてみよう。様々な場所でおもしろおかしく語っているのだが、比較的本音が聞けるであろうラジオでは、以下のような意味合いのことを語っていた。

人見知りは若い子たちのもの
年齢を重ねた自分は、飲み会などで居心地の悪そうな若い子たちに、
気を遣っていかなくてはならない立場になった

この語りからもわかるように若林正恭の抱える”生き辛さ”の視線は、個人を超え、広く社会に向けられ始める。若林は40歳を目前にして、ニュースの内容が理解できない自身を恥じ、東大生の家庭教師を雇い歴史や経済を学び始める。その過程で、この国における”生き辛さ”の根源は、アメリカ合衆国すなわち資本主義と新自由主義というシステムにあるのでは?という疑念に辿り着く。

では、他のシステムで行きている人間はどんな顔をしているんだろう?
とにかく、このシステム以外の国をこの目で見てみないと気がすまない。このシステムを相対化するためのカードを一枚手に入れるのだ。
考えるのはその後だ。二枚のカードを並べて、その間のカードを引いてやる。

若林は灰色の街を後にし、社会主義の国キューバへと旅立つ。導入に関しては、つまるところ非常に平易な言葉で綴られた小沢健二の『うさぎ!』だ。賢い人間が読めば、鼻で笑われるような代物なのだろう。*1そんなことは若林も百も承知である。しかし、若林がこの旅を通じて得る実感は、やはり小沢健二が90年代にポップソングに乗せて啓蒙してきたメッセージに近しい。

喜びを他の誰かとわかり合う!
それだけがこの世の中を熱くする!


小沢健二「痛快ウキウキ通り」

若林がキューバで最も心を動かされるのは、システムから解放された人間同士の血の通ったやりとり、その熱である。それは例えば、革命広場に漂流するカストロの演説がもたらした熱狂の残骸、お金の発生しないキューバ人のアミーゴ精神、もしくは、ふと目にした街の風景。

薄暗くなってきた堤防沿いには、座る隙間がないほどキューバ人が集まってきていた。みんなで笑い合ったり、楽器を持って演奏していたりする。カップルは腰に手を回して海に沈む夕陽を無言で見ている。血が通っている。白々しさがない。

そして、そんな"血の通った関係"に関する語りは、徐々に血縁そのものに置き換わっていく。

隣のキューバ人の家族の旦那がビニール袋一杯に海水を溜め込んで、嫁と子供にバレないように背後から近づいている。ピッタリと近づくと一気にビニール袋を頭の上でひっくり返し、ザザーっと海水をかぶる嫁と子供。家族は悲鳴を上げて爆笑している。しょうもないなー、と呆れながら目をつむる。でも、そんなことがやっぱり楽しいんだよなと納得させられて幸せな気分になる。家族って楽しいんだろうな。

といった描写で伏線を張りつつ、若林は亡き父への想いを綴り始める。



ここからはネタバレ。終盤にて明かされる、若林がキューバ旅行を決意した本当の理由。亡き父が行ってみたかった場所、それがキューバという国であった。唐突に挿入される、旅先での亡き父との対話に、動揺させられてしまう。

「このピザおいしいね!」
「うまいな」

「これ、水飴が入ってるのかね」
「そうかもな」

「ピアノ弾いてるみたいだったね」
「ほぉ」

「こいう音楽好きそうだね」
「いいね」

「ぼくも子供の頃、あれぐらい大きな声で笑ってたよ」
「そうか」

「いやぁ、綺麗な人だったね」
「そうだな」

最初に読んだ際、この若林の脳内対話の相手はオードリー春日ではないか、と錯覚してしまった。いや、だってこの口調は春日そのものじゃないか。最後のセンテンスを読み終え、本書を閉じた私は、ある妄想に憑りつかれてしまう。

”オードリー春日”というキャラクターは、若林の父を体現したものなのではないだろうか?

オードリー春日のトレードマークである七三分けテクノカットにピンク色ベストのプレッピーなスタイルは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)

バック・トゥ・ザ・フューチャー [DVD]

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ジョージ・マクフライクリスピン・グローヴァー)から着想されたというのは有名な話である。春日とクリスピン・グローヴァーはそもそもかなり似ている。
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ジョージ・マクフライというのは、映画の中で、マイケル・J・フォックス演じるマーティの”父親”だ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という作品を要約すると、マーティが30年前にタイムスリップし、情けない父親のケツを叩き、自信をつけさせ、ボロボロの家族を再生させる、という話である。すなわち"偉大なる父性"を取り戻す物語なのだ。若林は、その父性の対象となるジョージ・マクフライのルックを、相方である春日にトレースした。実際、オードリー春日というキャラクターは意図的に”父性”を託したものであるようだ。2009年のオードリーブレイク直後、「トゥース」が流行語大賞候補に選ばれた際も、

1位になった要因は、圧倒的な存在感…春日の父性ですね

とコメントしている。2010年頃のヤフー知恵袋に「最近、春日さんから父性を感じて困っています。」という言説を見つけた時は思わずニヤリとしてしまった。そして、この春日のキャラクターを考案した時期の若林が、芸人活動を反対する父親から、”勘当”を受けていたという事実。それは司法書士に念書を作成させるほどの本格的な"絶縁"であったらしい。そして、本書にはっきりと記される、若林が"筋金入りのファザコン"であったという告白。また、ラジオで披露されてきた若林・父の”ヤベー奴”エピソード。それらがバシっと組み合わさった時、前述の妄想が美しく完成してしまう。オードリーのズレ漫才は、若林が父親の感触を取り戻すために誕生した。もちろん、これは突飛な妄想だ。だが、そういった思考を引き起こすような"熱"が、この『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』には刻まれているのである。

*1:と言っても、キューバ紀行ものとして非常にヴィヴィッドであるし、風景と思考をシームレスに混在させていく文体は読みどころがある。