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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ジャド・アパトー『LOVE』

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ジャド・アパトー(『40歳の童貞男』『フリークス学園』)が制作総指揮をつとめるNetflixオリジナルドラマ『LOVE』は必見である。インテリ眼鏡の優男ガス(ポール・ラスト)とドラッグ&アルコール中毒かつ恋愛依存症のミッキー(ジリアン・ジェイコブス)というアラサ―2人の恋を描いたラブコメディ。コンビニのコーヒーで出会って、スマートフォンで連絡が途絶え、インストの投稿をきっかけに再会するという、まさに”現代”の恋愛ドラマである。主演のみならず、企画・脚本にも関わっているというポール・ラストの風貌と物言いが、若きウディ・アレンの再来としか思えないのが何よりの証左なのだけども、「コメディアン出身」「ユダヤ系」「パートナーを自作に出演させる」と多くの類似が見受けられたジャド・アパトーウディ・アレンの2人の作風が、ついに線で繋がったような印象だ。作中では「僕はウディ・アレンじゃないからね」と言った台詞まで飛び出すのが笑える。ウディ・アレンが作り切れなかった『アニー・ホール』や『マンハッタン』の現代アップデート版に、ついぞ我々は遭遇できるのでは、という予感に心躍ります(来年にはシーズン2を予定しているそうな)。ジャド・アパトーリチャード・リンクレイターウェス・アンダーソン、とりあえずこの3人の作品を押さえておけば、現行のアメリカ映画を観ている事になる気がする。


ガスの趣味は映画と音楽。「ピクサーはプレッシャーに潰されてダメになった」と辛辣な批評家でもある。友人を集めては、テーマ曲のない映画にふさわしいテーマ曲を勝手に創作して遊ぶ、というボンクラ感の愛おしさ。
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パーティーで女の子そっちのけでWings「JET」をマッカさながらのベースプレイで歌い上げる所なんかも最高である。アバズレだけどもクールな女性ミッキーを超絶キュートに演じ切ったジリアン・ジェイコブスのバランス感覚は絶妙。後半の壊れ方は、胸掻き毟られた。今作をきっかけに映画界でエマ・ストーンと役柄を奪い合うような存在になりそうだ。ファッション・センスもクール。


ときに、海外のラブコメディドラマを観ていると、その成熟にいつも戸惑ってしまう。あけすけに言ってしまえば、”セックス”の取り扱い方だ。今作においても、1回の放送につき複数回のベッドシーンが登場するのだけども、主人公カップルの待望のそれであっても、ロマンティックに彩られることもなく、情熱的に描かれるでもなく、実にサラっとカラッと演出されている。それは恋愛のピークタイムではなく、当たり前のように通過する一点であるからだ。確かに、恋愛における問題なんてものは、その後にこそ山積みのはず。例えば、付き合い出したパートナーが、自身の交遊テリトリーに無理矢理介入してくる時の不協和音とわずらわしさ、といった実に繊細な心の機微が見事にドラマとして機能している。とりわけ感動してしまったのは、ガスのそれは勿論、ミッキーの自慰行為すら、予定のない週末の寂しさ、みたいなものの1つとして何の躊躇いもなく画面に映し出されていた事。これを成熟と呼ばずに何と呼ぼう。


しかし、日本のラブコメ作品はそうはできていない。眼鏡をかけただけでコミュ障の童貞として振舞う男優と、性の匂いを漂白された女優が、つたない恋愛に悪戦苦闘している。セックスがゴ―ルなくせに、そのゴールすらほぼ描写される事はない。そして、我々視聴者もそんな様子にすっかり”萌え“ているわけだから、海外ラブコメとの距離はどこまでも遠くなりにけりである(まぁ、それはそれで1つの文化としてありなのかもしれませんが)。ちなみに、そんな国内ドラマ界状況において、非常に優れたラブコメであった坂元裕二の『最高の離婚』とこの『LOVE』は、”飼い猫の消失”というモチーフでもってシンクロしている。


成熟、と言ってもこの『LOVE』に登場する人物達は一様に未熟だ。ガスにしても、ミッキーにしても、やることなすこと唐突で、ヒステリック。「あーー!!!なんでそんなことを!?」ともどかしくなるほどに、どこまでもややこしく糸を絡ませていく。そんな未熟な人々の物語であるから、今作では”真実の愛”といったような胡散臭いお題目は語られない。画面に刻まれているのは、埋めがたい孤独を抱えた”欠けた”人々が、「少しでもより良い自分でありたい」と懸命にもがく姿だ。それはときにひどく不格好で滑稽であるわけだが、どこまでも普遍的なテーマであり、観る者の胸を強く打つ。下品だし過激かもしれないが、万人にオススメしたい1作である。