青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

湯浅政明『四畳半神話体系』

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「あの時、あの選択をとっていれば・・・」という後悔を無数に抱いていくのが、すなわち青春という季節である。かくいう私も意を決して入部したサークルの、その枯れ果てた恋愛事情に失望し、部室の薄い壁から聞こえ漏れる隣のサークルの華やかな男女交際の声に耳をすませては、ノックした扉が1つ違っていただけで、私にも薔薇色のキャンパスライフが待ち受けていたのでは、と後悔にうながだれながら机に突っ伏していたものだ。そんな普遍的な大学生活の”if”を、摩訶不思議な京都の街を舞台に展開させたSF青春劇が『四畳半神話体系』である。


「あの時、このサークルを選んでいれば」という”if”が無数のパラレルワールドを立ち上げていく。すなわち2017年のポップカルチャー界のトレンドワードである”並行世界”というやつ。1話ではテニスサークル、2話では映画サークル、3話ではサイクリング同好会・・・というように、そのサークル選択の先に広がる主人公の未来が1話ごとに展開されていく。それらの並行世界は全く違うようでいて、やはりどこか似通っている。しつこいまでの反復と差異を、支える細部の躍動も勿論なのだが、何よりも感動的なのは、巡り合うべき人には、どうしたって巡り合うという結論だろう。
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私たち
黒い運命の糸で結ばれているのですから

主人公につきまとう小津というキャラクターがまずもって抜群に素晴らしい。この作品が秀逸なのは、主人公とヒロインの恋物語を主軸にしているようでいて、実際のところは私と小津のラブストーリーである点だ。主人公に言わせると、「他人の不幸をおかずにして飯が食える、およそ褒めるべきところが1つもない男」であるのだが、実際のところ、小津の策略でもって、主人公はどんなサークルを選択しようとも、いつだって薔薇色のキャンパスライフを掴み損ねる。しかし、無数の平行世界は、単純に見える1人の人間の複雑な多面性を浮き彫りにしていく。”阿呆”としか思えない行動に隠された高潔な感情が隠されていたり。繰り返されるパラレルワールドの中で、主人公は出会う前からして、周りの人間に強烈な”親密さ”を抱き出す。

なんだかよくも知らない人達のことが妙に愛おしくなった
昔から知っていたような気がして
何故か懐かしささえ覚えた

不毛と思われていた学生生活が、美しい時間へと反転していく。青春時代に抱く無数の”後悔”こそが、今立っている場所の豊かさを支えているのではないか、そう思わせてくれる。



四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)

森見登美彦の原作小説もマスターピースであるが、とりわけ2010年にフジテレビのノイタミナ枠で放送されていたアニメ版が素晴らしい。脚本は先日、第61回岸田國士戯曲賞を受賞したヨーロッパ企画上田誠。会話劇のセンスと、伏線を見事に回収していく緻密な脚本は芸術的。そして、監督は『マインドゲーム』や『ピンポン THE ANIMATION』の湯浅政明。自由過ぎる発想とグニャグニャと歪んだ線とパースがもたらす大胆な構図、そして、ドラッギーな色彩感覚は、この複雑な世界の全てを受け入れるような大らかさに満ちている。湯浅政明×上田誠、相反するようで完璧な組み合わせなのだ。この『四畳半神話体系』という作品を、個人的にここ10年のアニメーションでベストと言っていいほどに偏愛していて、どうにもその魅力を巧く言語化できないのがもどかしい。私(浅沼晋太郎)、明石さん(坂本真綾)、樋口(藤原啓二)、小津(吉野裕行)のパーフェクトなボイス演技について、半永久的に発生するカステラと魚肉ハンバーグについて、純潔な高級ラブドールとの恋について、無類の味であるという猫ラーメンについて、2年かけて読み通す『海底二万海里』について、地球儀に足で刺されるマチ針について、主人公と小津の囲む鍋について、メタファーとしてのカウボーイジョニーについて・・・そういった豊潤な細部を、可能であれば無限に語り尽くしたいほどだ。だが、文章がまとまらない。とにもかくにも、怠惰な学生生活の中で営まれる恋や友情(のようなもの)の気配が、神妙かつ怪しげな京都の街に張り巡らされることで、神話や宇宙の真理のようなもの端くれに、触れてしまう。そのアクロバティックな跳躍をぜひとも目撃して頂きたい。




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