『あいのり:Asian Journey』の異様な魅力について
『あいのり:Asian Journey』がおもしろい、呆れるほどにおもしろい。ここ数日で食い入るようにして、Netflixで配信済の約20のエピソードを観終えてしまった。必要ないとは思いますが、『あいのり』という番組について念のため説明しておきます。「ラブワゴン」と呼ばれるピンクにカラーリングされた車に乗った男女7人が、様々な国を旅する。その中で繰り広げられる恋模様を見つめていく恋愛観察バラエティ。スタジオのタレントや視聴者は、そこで繰り広げられる出来事のすべてを俯瞰することができ、更にはメンバーの心情や過去のトラウマすら把握できてしまう。すべてのことが手にとるようにわかる。これはまさに神である。しかし、ラブワゴンのメンバーたちは、そんな神々の思考をいとも簡単に飛び越えてくる。突拍子もつかないような行動に打って出ては、わたしたちを驚かせるのだ。まさに筋書きのないドラマ。その行動に対して、「なぜそんなことを言ってしまうんだ・・・」「タイミングを考えろ!」など、呆れたり、笑ってしまったりするともあるのだが、それはあくまで神の視線を手に入れているから。当の本人たちにとっては、それがどんなに小さなことであろうとも、どこまでも真剣なぶつかり合いなのだ。その乖離がたまらなくおもしろい。また、そういった”予想だにしなさ”は、時に涙を誘う。プログラミングされることのない人間の多様性がそこにはあり、もっと大袈裟に言えば、”生命の愛おしさ”のようなものさえ感じてしまうからだ。すべてを掌握している神をも裏切る人間の固有性。それはちっぽけであるからこそ美しい。これぞ人間ドキュメンタリーではないか。「他人の恋愛なんて・・・」という方にこそ、ぜひ観て頂きたい。
かく言う私も、『あいのり』復活の報が流れた当初は、食指が動かずスルーを決め込むつもりだった。MC陣にオードリーとベッキーという考え得る最良のキャスティングをもってしてもである。日常で普通に恋愛ができない人がたくさんいるこの時代に、なんでリア充(≒社会とうまくやっていけそうな人達)の恋愛を見せられなければならないのだ!というのが言い分だった。1999年の番組開始当初は楽しく観ていた。久本雅美の好感度が何故か異様に高かった時代である。恋愛バラエティというものに抵抗がなく、『ウンナンのホントコ!』での「未来日記」なども心から楽しんでいた。しかし、思春期が色濃くなるにつれ、気がついてしまったのだ。自分がどう考えてもモテない側の人間だということに。『あいのり』にも稀に、モテない設定の人物がたまに出てきた。しかし、所詮はTVショーなので、なんだかんだで彼らは洗練されている。なにせラブワゴンに搭乗するまでには厳正なオーディションを経ている。テレビに映るのは、社会から許された者しかいないのである。慌ててテレビのスイッチを消した。とは言え、恋愛戦線にはとても参加できそうにない。共学校ではなかったため、まともな片想いすらできない。私はこのままずっと一人で生きていくのだ(こういった思考の飛躍が思春期というやつだ)。世間一般で言うところの普通のレールから外れてしまったことが苦しくて仕方がなく、恋愛とは何か別の「生きるため」の物差しを探そうと、あらゆるカルチャーを貪り食っていくのであった。そんな思春期の経験は今なおヘドロのようにこびりつき、『あいのり』という番組を私から遠ざけていた。
しかし、それは間違いであった。時代の変化で『あいのり』も変わった。あいのりフリークのベッキーがスタジオで何度も口にしている。確かに、復活した『あいのり』はちょっと一味違う。登場する男性メンバーのほとんどが草食系、これまでに恋人がいたことがないというようなメンバーがラブワゴン内にゴロゴロいる。彼女いない歴28年のシャイボーイ*1というメンバーが旅の途中で、こう漏らした。
恋愛をしてないと馬鹿にされるのはなんでですかね・・・
この恋愛困難な時代に対する、鋭い批評性を持った言葉である。恋愛をしなくてはならないなんてことは決してない。しかし、それでも人はいとも簡単に恋に落ち、その姿は、心のありようは、たまらなく美しい。それをこの番組は教えてくれる。この時代における『あいのり』というのは「恋人を見つける旅」ではなく、「誰かを愛する/愛される人間になるための旅」なのだろう。
恋愛要素以外もとにかく充実している。演出・編集もキレキレ。ナレーション原稿もほどよくシニカルで、練られている。世界各国の事情と比較することで日本という国が抱える問題を浮き彫りにしていくという教育的プラスアルファも、押し付けがましくなく的確だ。そして、24時間行動を共にして異国を旅するという異常空間がもたらす濃縮された青春感。そこで交わされる人と人の生々しいやりとりの数々に、思わず涙腺を刺激されてしまう。もちろんスタジオの空気も素晴らしく、この番組の価値を底上げしている。たとえば、メンバーが不倫経験の過去を語った後のスタジオ。
若林:不倫専門家として、どうですか?
ベッキー:首絞めていい?
オードリー若林が恋愛下手というポジションをとりつつ、ベッキーに恋愛を語らせておいて、ときおりゲス不倫ネタでマウントをとる流れはもはや様式美である。ベッキーに対して終始やんわりと流れている「誰が語ってんねん」という空気も笑ってしまうのだけどそれはさておき、タレントとしての総合能力の高さに改めて唸らされてしまう。若林とベッキーがいれば、VTRに対して視聴者が抱くツッコミポイントをすべて的確に拾ってくれる。この気持ちよさ。「いらんだろ」と思っていたゲストの河北麻友子と大倉士門の2人も今では欠かせないピースである。もはやあの2人以外のゲストなんて受け付けれらません。余談ですがスタイリストの癖がすごくて、若林が毎回変な服を着ているのもおもしろいです。とにもかくにも『あいのり:Asian Journey』は必見だ。Netflixに未加入の方は、フジテレビの毎週土曜0:55~1:25(注意:金曜深夜です)をチェックお願い致します。まだ間に合います。
*1:彼の放つ強烈な天使性は番組最大の魅力かもしれない。でっぱりん、アスカ、裕ちゃんも最高