青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

岩井俊二『四月物語』

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岩井俊二フィルモグラフィーに『四月物語』(1998)という67分の短編映画がある。当時20歳である松たか子の映画初主演作品なのだが、今作における素朴な雰囲気もあってか、この作品で彼女が発見されたという誤解をしてしまいがちなのが、そうではない。あくまで今作は映画初主演作であり、松たか子はこれ以前に竹中直人『東京日和』(1997)で新人賞を受賞しているし、テレビドラマ界では『ラブジェネレーション』(1997)で木村拓哉と共に主演を務め、大ヒットを飛ばしている売れっ子中の売れっ子なのだ。松たか子演じる主人公が東京での生活に馴染んでいくまでの小さな恋と冒険の物語。この他愛のないフィルムをどういうわけだか若い時分の私はこよなく愛していた。現在『リップヴァンウィンクルの花嫁』公開に相まって、過去作品のスクリーンでの上映が各地で行われており、この機会を逃すまいと、過去の恋人に再会するような心持ちで映画館を訪れてみた。


懐かしさで胸が一杯になるものの、やはり何て事はない作品という印象は覆らない。オープニングの桜の雨は素晴らしいと言わざるを得ないが、トリュフォーロメールになりそうな予感を、少女漫画的演出が食いつぶす。とは言え、傘を持っているにも関わらず想いを寄せる先輩に傘を借りる松たか子の姿は、そういった不満を蹴散らすほどの美しさを湛えている。


この作品が10代の私を強く捉えて離さなかったのは何故なのだろうか。それは「恋の奇跡」といった歯の浮くような台詞では勿論なく、”物語が途中で終わる”という新鮮さだったように思う。この映画は、主人公にまつわる事象が何かしらの発展の気配を見せつつも、全て途中のままに終わってしまう。その物語らなさに不満を覚えつつも、それはある意味どんな事でも起こり得る予感だ。春の風のような希望の匂いがするフィルム。


では、あらゆる可能性が削ぎ落とされつつある年齢に達した今、感じるこの作品の魅力はやはり松たか子という女優の表情と身体である。ぎこちない彼女のそれらが、東京の街に馴染んでいく様を撮り切った映画とも言えるだろう。この映画のメインヴィジュアルを観て欲しい。カチンコを持つ松たか子。彼女のどうにも言葉では形容しがたい表情、こういったものがフィルム全編に渡って収められた事を祝福したい。