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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

今夜はHearty Party~SMAPが山下達郎を歌う日を夢見ているのさ~

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山下達郎が嵐に提供したシングル「復活LOVE」がとにもかくにも素晴らしい。オールドスタイルなサウンドながら、"時代の声"である嵐5人のボーカルによって2016年のアーバンソウルとして街に定着している。嵐の持つ等身大のお兄さん像から"憧れの存在"へのステップアップにも一役買う事だろう。よく目にしたのが「これがSMAPへの提供曲だったら」という意見。なるほど確かに今のSMAPのモヤっとした状況を吹き飛ばすには、「山下達郎楽曲提供」くらいのトピックが必要である。*1「いやいや、達郎さんはジャニー&メリー派なので、SMAPへの提供はありえない」とジャニーズ通を気取ってみたくもなるわけですが、何やらそうでもないようなのだ。


まず、そもそも何故に山下達郎はジャニーズと強い関係性を構築しているのか。話はRCAレコード所属時代に遡る。この時の担当ディレクター小杉理宇造が、同時に手掛けていた男性シンガーが近藤真彦だったのである。小杉理宇造はレコード会社を離れた後に、山下達郎のマネジメント会社(のちのスマイルカンパニー)に所属し、1984年から現在まで社長を務める。と、同時に近藤真彦ディレクションを通じて、ジャニー喜多川とも親交を篤くし、ジャニーズ事務者が1997年に設立したレコード会社「ジャニーズ・エンタテイメント」の社長にも就任している。要は簡単な話で、山下達郎のマネジメントのボスとジャニーズのレコード会社の社長が同一人物なのだ。ちなみに、光GNEJI「勇気100%」、SMPA「オリジナルスマイル」、Kinki Kids「愛されるより愛したい」、嵐「A・RA・SHI」、関ジャニ∞無責任ヒーロー」etc・・・と挙げれれば限がないほどにジャニーズに名曲を提供している馬飼野康二小杉理宇造は学生時代にブルー・シャルムというバンドを組んでいたそうな。


では、これまで山下達郎がジャニーズに提供してきた楽曲を歴代に並べてみよう。

近藤真彦「恋のNON STOPツーリング・ロード」(1981)
近藤真彦ハイティーン・ブギ」(1982)
近藤真彦momoko」(1982)
近藤真彦「永遠に秘密さ」(1984)
近藤真彦「One More Time」(1984)
Kinki KidsKissからはじまるミステリー」(1996)
Kinki Kids「硝子の少年」(1997)
少年隊「湾岸スキーヤー」(1998)
Kinki Kidsジェットコースター・ロマンス」(1998)
Kinki KidsHappy Happy Greeting」(1998)
NEWS「SNOW EXPRESS」(2008)
嵐「復活LOVE」(2016)

なるほど、近藤真彦、少年隊、Kinki Kids、嵐、NEWSと見事なまでにジャニーとメリー&ジュリー陣営のアーティストであり、これを見る限りでは山下達郎SMAPへの提供はありえないように思える。しかし、SMAPメンバーが出演する作品への主題歌提供に目を向けてみると、その数は非常に多い事がわかる。

いつか晴れた日に」(1998) 
(草彅剛主演ドラマ『先生知らないの?』主題歌)


「アトムの子」(1999)
中居正広香取慎吾出演『サタ☆スマ』主題歌)


「JUVENILEのテーマ〜瞳の中のRAINBOW〜」(2000) 
香取慎吾出演映画『ジュブナイル』主題歌)


RIDE ON TIME」(2003)
木村拓哉主演ドラマ『GOOD LUCK!!』主題歌)


「ずっと一緒さ」(2008)
香取慎吾主演ドラマ『薔薇のない花屋』主題歌)


「愛してるって言えなくたって」(2011)
(草彅剛主演ドラマ『冬のサクラ』主題歌)

サタ☆スマ』に至ってはナレーションまで担当している。代表曲「RIDE ON TIME」で木村拓哉が躍動した事実も見逃せないだろう。山下達郎SMAPの関係性は実は根強い。そして、完全に見落としておりました。山下達郎の奥様、竹内まりやのキャリアを!「復活LOVE」の作詞を担当しているのも竹内まりやなのだから、そこはチェックすべきだった。彼女がジャニーズに提供した作品(全て作詞)が数は少ないながらもあったので挙げてみたい。

近藤真彦「イヴの告白」(1986)
タッキー&翼「You&I」(2004)
SMAP友だちへ〜Say What You Will〜」(2005)

あった!エリック・クラプトン愛・地球博に提供した楽曲をカバーする際の日本語訳で竹内まりやSMAPワークスに関わっている。しかし、まだ弱い。そんな中、彼女のキャリアを遡っていたら、決定打があったのです。1995年にリリースされた竹内まりやの25枚目のシングル「今夜はHearty Party」である。
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ケンタッキーフライドチキンのCM曲として、30オーバーの方であれば記憶に残っているかもしれない。冬仕様なディスコパーティーチューンの名曲。勿論、プロデュースは山下達郎。こちらの楽曲に関するWikipediaの記述を引用したい。

歌詞に「キムタク」が登場するが、これは楽曲製作当時に『あすなろ白書』に出演していた木村拓哉を見て思いついたという。そしてここから発展し、本人に何か演ってもらえればシャレが二重になって面白いということで、ダメ元でジャニーズ事務所に依頼したところ快諾、冒頭の台詞を10テイクほど録ったという。その模様を見て山下達郎は「もう、しょうがねえなぁ…」と完全に引いていたという。


せっかくだからコーラスにも参加して欲しいということで、山下達郎とまりや、木村拓哉の3人でブースに入り、ユニゾンしたという。ちなみに冒頭の「ねぇ、パーティにおいでよ」のフレーズも木村本人のものだった。そのようなことが縁で、木村とは当時メル友になったという。

「~という」が連発される文体が若干耐えがたいものの、書かれている内容は凄い。ファンの皆様には当然の情報なのでしょうが、キムタクがコーラスで参加しているだんて全く知りませんでした。山下達郎竹内まりや木村拓哉のユニゾン、それ至上の愛。「ねぇ、パーティにおいでよ」「愛してるよ」と囁くキムタクも最高なのだ。山下達郎木村拓哉岡村靖幸性を存分に引き出しております。


また、『サイゾーウーマン』の2008年の記事でも、この「今夜はHearty Party」のレコーディングについての逸話が、より詳細にまとめられていた。

竹内本人のライナーノートによると、「キムタク」というキーワードを入れた歌詞なら、本人の台詞が入れば面白いだろうと考え、事務所にダメ元で依頼したところあっさり快諾。数日後、木村本人が四輪駆動車を運転し、たったひとりでふらりとスタジオにやってきたという。


曲の冒頭、「ねぇ、パーティへおいでよ」をはじめ、10テイクほどのセリフは難なく録り終え、その後、コーラスにも参加。当時の木村は、若干22歳。左側に山下達郎、右側に竹内まりやという大御所に挟まれ、普通なら萎縮してしまってもおかしくない状況だが「オレ、真ん中で、やったんですよ。1本マイクで。そうなったらもう、楽しむしかないじゃないですか♪」と平然と参加したというから、さすがだ。ラスト、ディレクター席に座った山下達郎から「あともうひとつ頼みたいんだけど......『愛してるよ』って言ってもらえるかな?」と依頼され、「『愛してるよ、ですか!?』っていう、ね、気持ちにはなったんですけど、断る理由、まずないんですよ。なので『あっ、はい』って」と、恥ずかしい気持ちを押し殺しつつ、3テイク、マイクを見ながら囁いたのだとか。


竹内も、この日の思い出を「達郎と3人で、コーラスをしながら、笑顔で踊っているのを見て、やっぱりタダモノではないぞ、と驚かされた楽しい夜でした」と振り返っている。うーん、確かに。当時からキムタクはやっぱり"大物"だったようだ。そんな竹内とキムタク、現在もメル友で、今年の東京ドームコンにも招待するなど親交は続いているという。

山下夫妻と木村拓哉の意外な関係性が明らかになった。そして、再び小杉理宇造である。彼は先日のSMAP解散騒動において、インタビュー内で「SMAP存続条件」というを発言し、ファンからバッシングを浴びた。それは

・国民的スターの自覚もなく、曖昧な言動でファンや関係者にご迷惑、ご心配をかけたことを謝罪
・社長のジャニー(喜多川氏)をはじめ、事務所の社員にも許しを乞う
・寂しい思いをした木村君、大切な仲間である彼にも謝るべきだ

の3つ。ここでも、やはり木村君。山下夫妻と小杉理宇造には木村拓哉とのホットラインがある。これらのエピソードと、事務所の飯島派閥が解体されたという事実を考慮してみると、「SMAPへの山下夫妻の提供」というのは決してなくはないのではないか、という気がしてくるのです。しばらくは、「嵐の二番煎じ」と揶揄されるであろうから、ありえないのだろうけども、いつかの日か。『SMAP×SMAP』に岡村靖幸星野源ceroを出演させている昨今のSMAPが回帰しようとしているアーバンメロウソウルを最後に補完してくれるのは、やはり御大・山下達郎に他ならないのではないでしょうか!という長い妄想でした。

*1:と言うよりも圧倒的な名曲のリリースが待たれる