青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

山川直人『一杯の珈琲から シリーズ小さな喫茶店』

『珈琲もう一杯』再び、という事のようだが、どうにもキレのないタイトル。しかし、収録されている短編のタイトルはどれも実にリリカルで素晴らしい。「あまった幸せ」「夢の切れはし」「匿名希望」「火星人も嬉しい」「白い部屋」etc・・・その中の一遍からとって「眠られぬ夜のために」なんて詩情がこの単行本のタイトルにふさわしいのでは、と思った。山川直人の漫画はとても寂しい。温もり溢れるタッチに反して、常に孤独や社会性に対する抵抗について描いている作家だ。今作における”珈琲”とは、眠られぬ1人きりの夜に飲む処方箋だ。珈琲の香り溢れる喫茶店は、匿名で街に埋もれ続ける孤独な人々が集い繋がっていく。と言っても、今作の繋がりというのはこれみよがしなものではない。短編同士が登場人物や世界観を共有したりするわけでもない。個人的な話になるが、「無関係と思われていた人々や話が実は繋がっていたのです!」というような群像劇のスタイルが最近どうも性に合わない。あなたがラジオから流れる音楽を聞いて誰かの事を想った時、同じようにその誰かもあなたを想っているかもしれない、今作で山川直人の描いている繋がりとは、そんなささやかで、しかし、孤独な世界を照らす一筋のランプの灯のような、緩やかな連帯だ。


『珈琲もう一杯』にあったようなキャッチーさを期待すると肩透かしをくらうかもしれないが、「SF」「不条理」「散文詩」「人情」とジャンルを横断しながら、余韻の残るストーリーテリングはますます円熟を極めております。”珈琲”は実は物語を起動させる為の一要素に過ぎないのだが、それでも「珈琲を飲みながら読みたい」と思わせてくれる細部の充実がある。続刊が楽しみなシリーズの始まりだ。



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