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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

芝山努『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』

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神保町シアターで開催されている「ドラえもん映画祭」にて『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』を観てきました。いやはや、抜群の面白さだ。この時期(所謂オレンジタイトル時代)テレビアニメシリーズを何本か観返した時も感じたが、台詞と声優の演技がとにかく面白い。ギャグが冴えている。今作においても、のび太のコメディアクション俳優としての才能、ジャイアンスネ夫の掛け合いなど、今見ても声を出して笑ってしまうクオリティだ。ドラえもんの「危険が危ない」という珍台詞も有名だが、それは論旨がズレるので置いておきましょう。音楽もいいのだ。サックスリフが切り裂く「君がいるから」はドラ映画主題歌きってのかこよさだし、"ヒーローマシーン"という秘密道具内での音楽のファミコン世代に直撃なエセアジアンテクノ風のBGMも最高。悪役やゲストキャラの書き込みの弱さ等もあり、大長編最高傑作!と声高に謳うにはやや心許ないのだけども、僕はこの作品が大好きなのです。

今作は1988年に公開された映画シリーズ9作目にあたります。藤子・F・不二雄(ちなみに今作のクレジットはコンビ解消後1年しか使用していなかった”藤子不二雄Ⓕ”なのです)先生が病に伏していた為、存命中唯一のシンエイ動画オリジナルの作品なのだ。大役を任された芝山努ともとひら了は、F先生のテイストを損ねる事なく、独自の色合いをより濃く打ち出している(ちなみに脚本を担当したもとひら了は、のび太のクラスで催される予定の劇「西遊記」の脚本を担当する”もとひら君”という生徒としても登場するといった遊び心も)。監督の芝山努ドラえもん映画における演出は、F先生の中にある"恐怖"の部分にフォーカスした手法が特徴。ドラえもんと"恐怖"という組み合わせにピンと来ないという方もいるかもしれないが、『のび太の海底鬼岩城』『のび太の魔界大冒険』『のび太と鉄人兵団』といった傑作群を観た事のある方は、あの独特の不穏さを思い返しニヤリとするだろう。あれらの作品は幼心にも幼心にも何かしらの"しこり"を残す不気味さがあった。芝山監督のそういった演出が最も冴え渡っているのが今作。



タイムマシンで7世紀の中国から帰ってくると、見慣れたはずの風景がどうもいつもと違う。空は厚い雲に覆おわれ、コウモリが不気味に飛び交っている。野比家の食卓に並ぶは蛙と蛇の唐揚げ(実に旨そうなのだ)にトカゲのスープ。ドラえもんのび太の布団カバーが骸骨とコウモリの模様に変わっている演出も細かい。学校に行ってみても、校舎の時計は怪物の像に変わり、咲き誇っていたはずの桜は枯れ、チャイムも気味の悪い音色に。こういった差異のつけ方がいちいち豊かで痺れてしまう。どうやらこれらは全て、ドラえもんの出した”ヒーローマシーン”という道具から飛び出した妖怪の仕業らしい。秀逸なのはその妖怪の演出だろう。母親が階段を登ってくる足音、食事時も新聞に読みふける父のシルエット、話が根本的に噛み合わない友人、理不尽な説教をする教師etc・・・こういった日常に潜む些細な出来事の負の要素を、”妖怪と”いう形で可視化してみせる。F先生が日常の延長上に展開した「SF(すこしふしぎ)」の精神を”恐怖”に置き換えて見事に踏襲している。



何と言っても、僕がこの作品に肩入れしてしまう最大の理由はそのプロットの素晴らしさだ。今作では"名前"を巡る演出が頻出する。事の始まりはクラスで行わる劇「西遊記」でののび太の役どころである。「西遊記」をやろう!と提案した張本人にも関わらず、台詞一言の"村人その2"、役名すら与えられないその他大勢の1人である。しかし、のび太は"孫悟空"の役がやりたい。ここが起点である。では、妖怪の対処方法はどうだったろうか。”名前”を呼んで返事をした相手をヒーローマシーンに吸いこんでしまう、という手法だったはずだ。これは妖怪・金角の武器であるひょうたんも同じ構造。ドラえもんのび太の「孫悟空のび太そっくり説」の画策もジャイアンの「おい、のび太」という呼びかけに孫悟空が応えてしまった事で、頓挫する。「ぼく(=孫悟空)の事知らないの?」「えっ、ぼくの事知ってるの!?」と一喜一憂するのび太の姿も印象的だ。このように、”名前”に関する演出を反復しながら、ラストの

僕の名前は斉天大聖孫悟空

に辿りつく。『のび太のパラレル西遊記』とは、匿名に埋もれた冴えない少年がその固有性を得るまでの物語なのだ。グッと来ないわけがないのです!



伴映の原恵一の劇場版デビュー作『エスパー魔美 星空のダンシングドール』も素晴らしかった。原作の持つ秀逸なメロドラマ性を、「上昇」という運動で高めていく、画面構成が泣かせる。まさに原恵一の原点だ。神保町シアターでの「ドラえもん映画祭」は2月いっぱいまで。ドラ映画のマスターピースを再びスクリーンで観られるチャンスです。しかし、初期の作品は前半で上映が終わってしまうので、気をつけましょう!