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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

八鍬新之介『ドラえもん新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜』

八鍬新之介『ドラえもん新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜』を観た。

結論を冒頭でぶちまけたいのですが、これは傑作であります!ここ2作『ドラえもん のび太と奇跡の島 〜アニマル アドベンチャー〜』『ドラえもん のび太のひみつ道具博物館』と興行成績の好調とは裏腹に駄作が続いていたドラ映画。起死回生の1本だ。古き良きハリウッド映画を彷彿とさせる見事なアクションをふんだんに盛り込んだ活劇であり、「進化論」や「タイムパラドックス」など脳を刺激するSF的想像力に満ちた、まさに血沸き肉踊る冒険劇。とにかく脚本が洗練されている。今後も新しいドラ映画を作り続けていく上で大きな命題となるであろう「ドラえもんのオールマイティ性の抑制」だが、今作でのそれの違和感のないスームスさ、そして同時にジャイアンを軸とした人間ドラマまで展開させてしまう技法は、歴代作品でもNo.1だろう。テレビ放送でのジャイアンという暴君が、かくも複雑な人間性を持ち合わせていたという事実を、幼い頃に見る意義は大きいに違いない。改めて藤子・F・不二雄先生のイマジネーションと脚本力に圧倒されてしまう。今作の何よりの素晴らしさはその原作・旧大長編へのリスペクトが強く感じられる点である。脚本・演出・作画共に実に見事な旧作のアップデートに仕上がっている。この作品を観て「旧大長編の方が優れている!」と声高に叫ぶ人は少ないのではないだろうか。

映画ドラえもん のび太の大魔境 [DVD]

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1982年の『のび太の大魔境』は監督に芝山努が登板前の作品で*1、作画やカット割りが凡庸であり、あくまでテレビ放送版の延長といった感じの画面が不服であった。よって今回のリメイクによる画面の躍動は非常に有意義なものであります。脚本や演出はその重要な部分を旧作からほぼ全てトレースし、改変を加える事に禁欲的だ。寺本幸代が『ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜』『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜』などのリメイク作において、その作家性を打ち出そうとオリジナルキャラクターや設定変更で過剰な叙情性を持ちこんでしまったのと好対照だ。

ペコとジャイアンの爆撃の中での口論のシークエンス。台詞カットをし、アクションとBGMで見せるという印象的な演出もしっかり引き継いでいる。しかもその音楽を歌うのはジャイアン役の木村昴だ!他にも、出来杉君の「ヘビースモーカーズフォレスト」と宣言する時の大袈裟なアクションだとか、些細ながらも作品のムードを決定づける重要なパートも切り捨てずにしっかりと採用している。そして、いくつかの改良された脚本もいいのだ。例えば、のび太とペコのソーセージを介しての絆の反復。のび太が稀にテストで100点をとったり野球でホームランを打ったりしまう偶然性の挿話が、「名刀電光丸」でのサーベル大佐との対決の伏線として機能しているのも抜群に巧い。



旧作のトレースでありあくまでアップデート、という風に書いてきたが、今作の監督である八鍬新之介という33歳の新鋭は、見事に自身の作家性の獲得にも成功している。『のび太の大魔境』という作品が持っていたロードームービーの要素に目をつけ、その「移動」の運動をひたすら磨き上げる事で、画面に叙情を打ち出す事に成功している。今作におけるのび太達の冒険は画面上でひたすら「右から左」への移動で成り立っている。右から左という運動は、ラストにおける巨神像の心臓を回す(ネジのように回す)くだりにまで浸透していて、それは言うまでもなく、時計の針の動きとも同調し、時が流れていく事を画面に刻みつけている。実に映画だ。八鍬新之介がいれば、しばらくドラ映画は安泰ではないだろうか。なんでもWikipediaによれば、彼がその名を台頭させたのはあの名作「ブルートレインはぼくの家」のテレビ放送版217話「夜行列車はぼくの家」の監督を務めてからだそうだ。

しかも原恵一に憧れてアニメの世界を志したという。どこまでも映画作家である。右から左の運動がもたらす時の流れはラスト「僕達、大人になってもこんな冒険できるのかなぁ?」という台詞を、冒険後の空き地に運んでくる。そして、あまりにも完璧だ!と唸ってしまうのは、『のび太の大魔境』をご覧になった方ならお分かりだと思うのだけども(名作『涼宮ハルヒの消失』がオマージュを捧げていたアレである)、冒険は「続いていく」のである。さて、冒頭の結論を再度リフレインして、傑作!と称えたい。間違いなく新体制ドラ映画No.1、そしてドラ映画という括りに関わらず2014年公開映画でも指折りの作品であると疑いません。絶対オススメであります!



余談。今作は藤子・F・不二雄の生誕80周年記念作にあたるそうなのだけど、観る前は「何故、大魔境なのだろう?」というクエスチョンがあったのが正直な所だ。もっとメモリアルにふさわしい作品があるように思えたのだが、「禁じられていた古代兵器を復活させ外界侵略を企む独裁者を少年少女達が阻止する」という本作のあらすじが、極めて今日的な題材であるな、と思い直しました。映画が「右から左へ」の運動に支えられている点をそこに結び付けるのはさすがにこじつけが過ぎるだろうけども、少なからず意識的であったのではないかと思われます。フィクションは現実に有効である。子ども達の未来には夢がなくてはならないはずなのだ。

*1:芝山努が監督を務める次作の『のび太の海底鬼岩城』から一気に映画のルックを形成する