
テレビ朝日系で放送されている『エラー』がまもなく最終回を迎えるわけだけども、これがなかなかに見応えあるドラマなのだ。脚本は弥重早希子のオリジナル。大枠でまとめるならば、加害者と被害者という本来であれば交わらざる立場の人間が強い友情関係を構築していく、というあらすじで、どうしても想起させられるのは『それでも、生きてゆく』(2011)だろう。決して似た作劇でないのだけども、『エラー』の登場人物の抱える“生きづらさ”には、坂元裕二作品のたしかな息吹を感じる。ミスではなく“エラー”であるから、そこには不注意や不用意といたこと以上に、規則や規範からの”ズレ”が託されていて、劇中では“はみ出してしまう”人々が描かれている。それでいて、いかにも坂元裕二フォロワーといった感じで名言めいたものを喋らせるのではなく、ひたすらに平易な会話の応酬だけで物語を作り上げていく弥重早希子の筆致に好感が持てる。主演の畑芽育と志田未来の体現するわざとらくないズレも良い。生活をしている人の実存がどっしりと携えながらも、社会から疎外されてしまう、という絶妙な感じが見事に演じられている。『不適切にもほどがある!』(2024)や『平場の月』(2025)でも注目の坂元愛登の儚さも良いですね。
畑芽育が演じる主人公のユメは、とにかく間違えてしまう女性だ。たとえば、高校卒業後に就職したラーメン屋では、店内を綺麗にしようと汚い鍋の中身を捨てたら、それが継ぎ足し58年の伝統のタレであって、クビになってしまう(ここらへんのユーモアというかエピソードの癖みたいなところにも坂元裕二の影響を感じる)。悪意は一切ないにも関わらず、あらゆる場面で選択を間違え、窮地に陥り、他人をイラつかせてしまうのがユメという人間。そして、物語はユメの大きな“過ち”から始まる。廃墟ビルの屋上で自殺しようとしていた女性を目撃して、善意から説得を試みる。なんとか自殺を踏み留まらせることに成功した矢先、飛んできた鳩に驚いた弾みで女性の背中を押してしまい、転落死させてしまう。そして、その転落により通行人が負傷し、意識不明の重体。ユメは現場から逃亡し、初動捜査を誤った警察によって事件は自殺として処理され、転落した女性の娘は、重体となった通行人の家族から損害賠償を請求されてしまう。エラーが連鎖していき、どんどん取返しのつかないことになっていく。
そんな息詰まる展開の中で、ユメと転落死した女性の娘である未央(志田未来)の、魂の結びつきとし呼びようのない、“わかりあってしまう“関係が微笑ましく描かれていく。ユメは事件の真相を未央に伏せたまま、罪悪感を抱えながらも、どうしても友情の甘さに抗えず関係を強固にしていってしまう。途中ややダラダラする展開はあるものの、ep5「口がすべる」は傑作回と呼んで差し支えないないだろう。カバンを落とす、塩辛を買い忘れる、前髪を切り過ぎる、カーディガンの裏表を間違える、ゴミ箱につまずく、トイレットペーパーを買い忘れる、変なタイミングで届く宅配寿司、事故停止するエレベーター・・・というように、タイトルの“エラー”になぞらえながら、あらゆる過失をひたすら繋ぎながら、物語を転がせていく筆致が圧巻。そして、エレベーターで居合わせただけの人に、「あっ、裏表逆ですよ」とカーディガンの着間違いを未央が指摘したことを契機に、ユメは突如として「わたしが未央ちゃんのお母さんの背中を突き落とした」と告白を始める。これまで積み上げてきたものが瓦解していく様をエレベーターの故障と未央の絶叫で描くという演出の確かさにも痺れる。
全8話のようで残すところ1話。自分の中の罪に向き合うことでしか他者の罪を許せない。嘘と悪意と過ちに満ちながらも、愚かな人間への愛情深い観察力が貫かれていて、どこかユーモアとキュートさが溢れるこのドラマの結末を見届けたい。