井口奈己『ニシノユキヒコの恋と冒険』
「死んだら会いに来る」という約束を果たしに、男(竹野内豊)が幽霊となってかつての恋人の娘(中村ゆりか)の所にやってくる。そんなまるで大島弓子の作品のような筋書きの映画なのである。しかし、今作はその導入から連想される、例えば相米慎二の傑作『東京上空いらっしゃいませ』のようなキャッチーな展開は見せない。物語に没入する事を許さず、ひたすら画面を見つめる事を強要してくる。竹野内豊の完璧な格好よさから派生する「モテ論」のような保険はあるものの、非常に難易度の高い(しかし、気高く美しい)作品であって、これがシネコンで全国に拡大しているのはちょっとした奇跡だ。
竹野内豊演じるニシノユキヒコという完璧な生き物に感情移入する事は難しく、その意味でも彼は物語の現在軸においてのみならず、常に幽霊的存在なのだ。改札でマナミ(尾野真千子)が振り向くと消えているあのショットであったり、隣室にいとも簡単に侵入できてしまう様であったり、彼が”幽霊”として撮られるショットは頻出する。そして、彼は空洞である。女たちはニシノユキヒコのその空洞にスポっとはまり、そして出ていく。通過儀礼としてのニシノユキヒコ。それは映画の画面の設計にも通奏していて、マンションリベルテ、オフィス、映画館ジャック&ベティetc・・・建物に入る、出るというショットを執拗に捉え、入る時と出る時の質感の差を生々しく収める。豊かな勾配や高低差を有した空間に「ここぞ」というポイントにカメラが置かれている。ベランダやキッチンや軒先、ソファーや冷蔵庫やベッドが空間を分節し、場所の階層を複雑にする。ここまで仕立てあげられているからこそ、長回しは有機的に機能し、井口奈己の映画独特の「拡張された時間」というのが流れるのだな。葬儀場の楽隊(NRQの中尾勘二さんが!)の音楽がまさに彼女の映画の音だった。音楽が引き延ばされた時間をスッと接続してしまうのが実に鮮やか。
尾野真千子、阿川佐和子、麻生久美子、本田翼、木村文乃、成海璃子ら女優陣は皆一様に美しくチャーミングであった。しかし、竹野内豊とのイチャツキに関しては、監督の前作『人のセックスを笑うな』(2007)
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