青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

沖田修一『滝を見にいく』

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南極料理人』(2009)、『キツツキと雨』(2012)、『横道世之介』(2013)と派手さはないものの、確かな傑作をモノにしてきた沖田修一の最新作だ。紅葉に彩られた坂道を徐行するバスを贅沢にロングで捉えた、タイトルクレジットまでのゆったりとした長回しに、「沖田映画が始まったぞ」と高揚感を覚える。しかし、バスの中にカメラが映れば、空いた車内にバラバラに座る40~70代の7人のおばちゃん。7人には既に不和の予兆も見受けられ、どうにも空気が淀み、画面にも華がない。頼みの綱のバスガイドですら冴えない中年のおじさん(沖田作品でお馴染みの名優・黒田大輔!)で、つたない口調で「マイナスイオン」の説明をしている。どうやら、これは「山で滝を見て、温泉に浸かる」というバス会社のツアーのようだ。しかし、「滝を見たい」と心から思っているのは、最近滝の撮影に凝っているという花沢(師匠)くらいのものだろう。根岸(ジュンジュン)のツアー参加は自分の意志ではないし、谷(ユーミン)の目的は温泉、関本(セッキー)は亡き夫の思い出を追いかけ、三角(スミス)は師匠の付き添い、桑田(クワマン)と田丸(クミ)にいたってはおしゃべりができれば、どこでもいいのだろう。つまり、「滝を見にいく」という行為自体はあくまでマクガフィンに過ぎない。それをタイトルに冠してしまう沖田修一のセンスは信頼できる。余談だが、この作品で1番やってはいけないのが、黒澤映画になぞらえて『7人のおばさん』とやってしまう事だろう。つまり、沖田が撮りたいのは「滝を見にいく」という行為ではなく、その過程に起きる7人の質感、空気の変化だ。おばちゃんが散り、集まる。そのコミカルかつ実に映画的な快楽に満ちた反復で作品が成り立っている。その反復の度に、差異が生じる。淀んでいた7人の空気が、まるでマイナスイオンで浄化されたかのように、変容していくのだ。7人の女子高生が山でサバイバルする映画であれば、どんな監督であろうと、それなりに観られるものを作るかもしれない。沖田修一はそのマジカルなタッチで、7人のおばちゃんを、うら若き乙女のように、天真爛漫な小学生のように撮ってしまう。互いをニックネームで呼び合い、恋バナに興じ、大縄跳びや草相撲に戯れる、彼女達のチャームさに我々は気がつけば心奪われている。これぞ演出力だろう。予算わずか500万、88分の短い尺の小作品ながら、沖田修一という映画作家の力を存分に見せつけられる瑞々しき傑作だ。