青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

川島明『アメノヒ』


藤井隆プロデュースによる麒麟川島明『アメノヒ』はポッミュージックファンとして見逃せないアルバムになっている。大江千里堂島孝平、神田沙也加、中崎英也、 She Her Her Hers、Le Makeupという世代をまたいだポップマエストロが提供した良質なポップソングたちが、藤井隆によって丹念に編み込まれたことで、アルバムとしての統一感を持って胸に迫ってくる。She Her Her Hersによる「D Breeze」は今年リリースされたポップソングの中でも指折りの出来栄えだろう。言葉にならない夜の感覚が歌われている。

藤井隆が、各楽曲のクリエイターに提示したテーマはこう。

朝の顔の川島くんがどういう夜を過ごしているのかを一緒に考えてもらえませんか?

ニュースもワイドショーもない、ただただ“楽しい”しかないという革命的な朝の帯番組『ラヴィット!』を作り上げた朝の光の裏には、一体どんな暗闇が存在するのだろう。物事の両面性を浮かび上がらせる秀逸なコンセプト。


アルバムのサウンドは、あらゆる“夜”を体現するシンセポップを中心としたアーバンメロウだ。都市生活者の孤独、と言ったのは山下達郎だったが、この『アメノヒ』というアルバムにも、同様のフィーリングを感じる。まさに“都市の音楽”といったような意匠なのだが、そこでスケッチされているのは都市生活の華やかさではなく、そこで暮らす人々が、数多の別れ、後悔を抱えながらも、「今よりも、少しだけ良い自分でありたい」と懸命に暮らしていく姿だ。

なんでこんな夜に思い出すひとり
あなたのことばかり
こんな歳なのに


「こんなふうに」

あの日の友達は今頃何をしてる
こっちに来る時酒くらい飲めるかな


「夜明けの歌」

ひと一人幸せにするの
こんなに難しいなんて
それごと忘れないように
あったかもしれない日々たち描いて


「where are you」

君の顔 思い浮かべる
もう会えなくなったけれど
悲しまないで
たくさんの想い出ごと 
連れて行こう


「Stay Blue」

お笑い芸人がこういったテーマを歌うとなると、ひどくエモーショナルな音楽になりそうなものだが、それを見事に回避しているのは、藤井隆ディレクションによる川島明の歌唱スタイルによるところが大きいのではないだろうか。歌詞に応じて感情を演じ、節に強弱をつけるような歌い方をさせていない。そんなことをしなくても、川島明の声質には“切なさ”が内在していて、藤井隆はそこ賭けている。よって、川島明は「楽曲のメロディーを歌いこなすこと」に徹している。かなり独特な譜割のフロウを要求されているし、キーも川島明の芸人としての専売特許である“低音”を強調するのでなく、やや高めに設定されている。

全部のレコーディングに藤井さんが同席してくれて、そのときおっしゃっていたのは、「聴いている人に『がんばれ』と思ってほしい」ということらしいです。たぶん半音下げたほうが歌いやすいんですけど、そこをあえてギリギリのキーに設定することで応援したいと思わせる歌声になる。自信なさげでも、少し枯れていてもそれでいいというか、気持ちよく聴けるちょうどいいところを藤井さんが押さえてくれている感じでした。


『音楽ナタリー』川島明インタビューより

このディレクションに導かれた少し背伸びした歌唱が、「今よりも、少しだけ良い自分でありたい」というアルバムのトーンとマッチし、聞く者の心を捉えるのだろう。美しい音色の中で、やりきれない後悔をやり直してみせる。そんなコンセプトを1曲の中で完璧に体現しているのが、「今の僕じゃ2度と戻れない傘があるのです まだ、あるのです」という歌い出しの「where are you」だろう。*12020年に先行でリリースされていた楽曲で、まさに『アメノヒ』の起点。


そして、夜は朝へ。黒から“青”へと、滲むように明けていく。やるせないブルースを抱えながら、わたしたちはくたびれながらも暮らしていく。

Blue Blue 心は滲んじまうぐらいが
僕にはちょうどいいだろう
Blue Blue Blue
心が泣いているのは
君を忘れない証だから


「Stay Blue」

*1:神田沙也加による作詞が、他に類を見ない話法を獲得していて本当に素晴らしい。全リリック書き起こしたいくらいなのだけど、キリがないのでぜひ聞いて噛みしめて欲しい。