青春ゾンビ

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レイモンド・ブリッグズ『さむがりのサンタ』

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寒い日があまりにも続くようならば、「クソっ!さむい さむい」てな具合に悪態をついてみるのもいい。そうでもしないと暖まらない、途方もない“寒さ”というのは確かに存在するのだから。イギリスの絵本作家/イラストレーターの巨匠レイモンド・ブリッグズの『さむがりのサンタ』という絵本がそれを教えてくれる。レイモンド・ブリッグズの揺るぎない代表作と言えばアニメーション作品も有名な『スノーマン』なのだけども、フェイバリットには断然『さむがりのサンタ』(と続編の『サンタのたのしいなつやすみ』)を挙げたい。私はこの作品がどうにかしてしまうほどに好きだ。

さむがりやのサンタ (世界傑作絵本シリーズ―イギリスの絵本)

さむがりやのサンタ (世界傑作絵本シリーズ―イギリスの絵本)

サンタのなつやすみ

サンタのなつやすみ



寒いのが苦手でいつでも夏の太陽ばかりを夢に見ているサンタクロース。丸っとしたフォルムに立派な白鬚はパブリックイメージどおりだが、このサンタはとにかく偏屈なのである。すべてのことに文句をつけている。

えんとつなんてなけりゃ
いいのに!

へんてこりんなところにすんどるよ
まったく!

なんだいなんだい
このだいどころは

かいだん かいだん
また
かいだん

サンタクロースとしての年に一度の大仕事(しかし24日以外にも世界中の子ども達からの手紙の整理やプレゼント手配など、年中忙しい様子だ)においても文句三昧。子ども達がサンタの労を労って用意してくれた飲み物に対しても

ふん なんだ
ジュースかい

と一蹴する有様である(お酒を用意してくれた子どもには「わかってるじゃないか」とご満悦だ)。しかし、この悪態のつきっぷりが彼をどこまでも魅力的なキャラクターたらしめている。それだけが彼の孤独を癒しているような想いがするからだろうか。サンタの家には犬と猫が1匹ずつ(そしてトナカイと鶏)のお一人様。しかし、天涯孤独のフィーリングのようなものは微塵も表出していない。彼は悪態をつきながらも、人生を謳歌している。世界中の子ども達にプレゼントを配り終え、残りのクリスマスを一人満喫するサンタの生活ぶりときたら!ブリッグズの幸福感溢れるウォーミーなタッチも相まって「幸せってこういうことか!!」と唸ることでありましょう。美味しい紅茶を沸かして体を温め、ラジオで音楽を聞きながら、七面鳥と甘いケーキを調理してオーブンへ。焼き上がるまでにお風呂に入り(入浴剤だって入れる)、ご機嫌に歌を歌いながら体を洗う。風呂上りには、気持ちのいいサッパリした靴下を履き、一杯のよく冷えたビールを楽しむ。そして、ワインとたくさんのご馳走。眠る前は牛乳を温めココアを作り、お菓子と一緒に読書を楽しむ。眠る前には犬と猫にもプレゼントを。ここには老人の孤独のようなものは一切ない。愚痴も悪態もつきたければ、つけばいい。それは人生をより良くしたいという祈りの反動だ。ついたらついただけ、人生を楽しもうではないか。
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ま、おまえさんも
たのしいクリスマスを
むかえるこったね

余談だが、作家である長嶋有のインタビューを読んでいたら、「暗記するほど読みました」と幼少時代からの愛読書に本作を挙げていて、飛び上がるほどうれしくなってしまった。私は母親の愛読書であったこの絵本を引き継ぎ、実家を出る際にも箱に詰め、今なお何度も繰り返し読み、胸を温めている。サンタクロースは寒がりかもしれないし、偏屈なおじいさんかもしれない、という世界の在り方を垣間見るのはとても重要なことだな、と思ったりもする。