青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

HARCO『ゴマサバと夕顔と空心菜』

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HARCOの5年ぶりのニューアルバム『ゴマサバと夕顔と空心菜』がリリースされた。タイトルを聞いた時は巷ではやりの”上質な暮らし”と言いますか、そういった感じの路線なのかな、と敬遠してしまったのが正直な所。しかし、そんな邪推は1曲目に配置された表題曲「ゴマサバと夕顔と空心菜」で吹き飛びます。
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細野晴臣の「トロピカル三部作」を意識したというオリエンタルな響きのギター、そして一聴してHARCOのプレイとわかるドラム。HARCOは元々、BLUE BOYというバンドのドラマーという出自を持つ。アルバム音源で本人が叩くのは久しぶりのようですが、歌声以上に歌ってしまう、多彩なフレージングと緩いタイム感を持ったそのドラムプレイはHARCOの音楽をより彼独自の色に近づけます。歌詞もいい。いらぬ邪推を抱かせたタイトルも、メロディに乗った

夏のゴマサバに 空心菜を添えたら 夕顔咲いた

というフレージングを聞いてハッと思い直す。「HARCOのおかえりだ!」と心を震わさずにはいられません。なんらかのブレイクスルー、そういったフィーリングを表現する為に、ある種の無意味性を連ねていくこの感じ。これこそ、HRACOの筆致だった。例えば、大傑作ミニアルバム『Night Hike』(2005)に収録されている「ナズナの茶漬け」という楽曲。

ナズナの茶漬けをいただきに来たよ
忘れたいことは捨ててきたんだ

これぞ詩だな、と思わずにはいられない。まず、誰もが”ナズナの茶漬け”ってなんだ?と疑問を抱く事でしょう。食べた事ないし、そもそも本当にそんなものがあるのかも疑わしい。しかし、無性に頭にこびりついていくその響き。意味が追いつく前に、”ナズナの茶漬け”という言葉が走っている。そして、紆余曲折を経て、その響きに何やら"特別さ"が託されている事に気づく。詩を書く、言葉を費やす、という行為には意味があるとしたら、その"遠回り"、その細部に宿る豊かさにある、と思うのだ。勿論、意味不明な言葉を闇雲に並びたてればいいのか、というとそういうわけではない。実際に曲を聞いてもらえばわかるのだけど、いただきに行くのは”ナズナの茶漬け”以外考えられない!と思えてしまう説得力がメロディと言葉の親和性によって生まれている。そんなマジックが『ゴマサバと夕顔と空心菜』では全編に貫かれている。
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南極大陸で明日から暮らします
何もかも置いて荷物はゼロです
郵便書留で退屈をくれたらなら
たちまち消える不安と孤独とリアリティ


南極大陸

かつての部屋にやがて誰かが眠って
真新しいランプを灯してる
壊れてかけてた古い日除けのシェードも
付け変わってまぶしく見えるさ


「電話をかけたら」

他にもパスタのCMオファーを想定して作ったという「Snow on the Pasta」のノベルティ感なんかもバッチリ決まっている。堀込泰行あがた森魚のゲスト出演もうれしい。2曲目に配置された「カメラは嘘をつかない」も現在のHARCOの好調を存分に見せつけてくれる珠玉の1曲だ。
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ゆったりとしたテンポの、美しい音色を湛えたギターポップが、決して大声で主張される事はない日々のシークエンスを、丁寧に掬い上げて記録していく。端正でありながらも、独特のひねりの中でグルーヴする宅録ポップス。HARCOワールドの集大成だろう。



所謂「セルフプロデュース3部作」以降の『KI・CO・E・RU?』(2007)、『tobiuo piano』(2009)、『Lamp&Stool』(2010)の3枚のアルバムに大きく欠けていたあらゆるピースが揃っている。当時は伝えたい事が具体的に強くあり過ぎたのかもしれない。歌唱も歌い上げるスタイルに変わり、サウンドからはエッジやひねくりが抜け落ちていた。曲自体は決して悪くないのだけど、「これなら聞かないかな」となったファンも決して少なくはないはず。今作におけるインタビューに目を通してみると、そういった変化やファンの想いを、彼自身が明確に俯瞰できている事が窺える。それを踏まえ、「歌い方を昔の喋るようなスタイルに戻した」「演奏も熱過ぎず冷めた感じ」「(セルフプロデュース3部作時代の)言葉に重きを置いた作品を」といった風に原点回帰を明言している。

Coaから出した3部作で、僕は一つのピークを築いた自覚があるんですけど


<ポプシクリップインタビューより>

ストレートな表現が詰まったアルバムもかつては作ったんですけど、「世界でいちばん頑張ってる君に」って曲があって、あれはCMソングが発端で、作詞も作曲も僕じゃないんです。純粋にシンガーとして参加したものなんですけど、HARCOってあのイメージって人もいるかとは思っていて、そのイメージはイメージでとっておいて、それとは全然真逆のものを作ろうってのはありましたね。


OTOTOYインタビューより>

とまで言ってのける始末。最高ではないか。事実、今作における「I don't like」の歌詞なんて凄くいいのです。

閃きだけで大きな絵を買って 僕の小さな部屋に飾らないで
共通点のひとつやふたつ 一緒だとしても意識しないで

こういった捻くれた底意地の悪さから、逆説的に普遍性に溢れた愛を語ってしまう感じ。これぞ、HARCO。自身のキャリアをある意味否定するかのような原点回帰。これはなかなかできる事はないのでは。「世界でいちばん頑張ってる君に」のイメージは一旦、捨て置こう。HARCOという偉大なるポップマエストロの音楽に耳を傾けるべきなのです。ちなみに入門のオススメは安価で手に入るCoaからリリースセルフプロデュースミニアルバム3部作から

Night Hike

Night Hike

を挙げます。未聴という方は「Night Hike」だけでもどうか聞いて欲しい。テンポは正確なのだけど、どこか歪なビート。シンセサイザーと多重コーラスから立上がるハーモニー。サラっと聞き流せる緩いポップスのようでいて、実は異常なアレンジの、永遠に色褪せる事のないティーンエイジシンフォニーだ。