岡田恵和『ひよっこ』5週目「乙女たち、ご安全に!」
みね子(有村架純)が故郷の奥茨城を出て、新たに東京での生活をスタートさせる。”いや~な奴”を登場させるにはまさにうってつけのタイミングであるのだけども、やはりこの『ひよっこ』はそうはならない。みね子が働くこととなる向島電機の人々は揃いも揃って”いい人”達ばかりだ。"朝ドラ"で(現実でも)よく見かける新人いびりなんてものは描かれない。これはもうファンタジーの領域。しかし、だからと言って、「人間が、社会が描けているのか?」なんて批判は実にありきたりであるし、お門違い。『ひよっこ』の登場人物が善人である事に間違いはないが、彼等は単なる”いい人”ではない。その人物像は一面的ではなく、複雑。何気ない会話の中で描写されていく豊かな個性がまずもって心地よく、更には、その個性の奥に潜むそれぞれの”哀しみ”のようなものが浮かび上がっていく。奥茨城編で言えば、三男(泉澤祐希)の母や兄を思い出したい。三男に厳しくときには冷たく接した彼らの、その奥に秘められた真意を。そういった書き込みはこの東京編でも健在。愛子(和久井映見)の底抜けな明るさに潜む戦争の傷跡(これは峯田和伸の演じる宗男おじさんも同じだ)、豊子(藤野涼子)のガリ勉に影を差す女性差別、寝坊助な澄子(松本穂香)のその睡眠欲にさえ、農家の過酷な労働環境と孤独が顔を覗かせる。こういった彼女たちの抱える”哀しみ”に、しっかりと社会が映されている。
東京に舞台を移しても、物語の歩みは変わらずスローペース。この一週間に渡って、工場からは一歩も出ない。乙女寮での女の子たちの他愛のない"おしゃべり"でもって、物語が転げ回っていく。大袈裟な展開はないのだが、その"おしゃべり"の数々でもって、それぞれのキャラクターはどんどん多面性を宿し、愛おしき実存性を湛えていく。とりわけ素晴らしかったのが5/5(金)の回だろう。みね子の狸寝入りから始まる、人間関係の衝突。その摩擦をユーモアで塗り潰し、セオリーみたいなものをとことん回避して辿り着いてしまう温かい"愛"のようなもの。この岡田恵和の肯定の筆致!これぞ、永久保存回だ。新たなレギュラーとなった、松本穂香、小島藤子、八木優希、藤野涼子(『クリーピー』の西野澪!)といった若手のホープ達の好演も光る。全員すっごくかわいい。
みね子らが配属されたラインで製造しているのが"トランジスタラジオ"というのがまたいいではないか。トランジスタラジオと聞くと、やはり「ベイ・エリアから/リバプールから/このアンテナが キャッチしたナンバー」(RCサクセション)と思わず口ずさみたくなってしまう。清志郎が歌うように、ラジオは、チューニングを合わせることで、どんなに遠くの出来事であろうと、届くべき人に届けてしまう魔法の装置だ。そのありようは、行方知れずの”お父さん”へ届かぬ手紙を出し続けている、みね子の”祈り”のようなものにとてもよく似ている。褒めるのがすっかり遅くなってしまったが、みね子を演じる有村架純は抜群にいい。モノローグで繰り返される”お父さん”という呼びかけを聞き過ぎたあまり、私こそが彼女のお父さんなのではないかとさえ思ってきております。というのは冗談として、有村架純はたびたび私たちに呼びかける。楽しいね、おいしいね、がんばろうね。あの野暮ったく、温かい発話。それを聞いて私たちは想う、”生きていかなくちゃね”と。視聴者とみね子は、毎日密やかな交信を行っている。