青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

丸山健志『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』

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素晴らしい。まず生駒里奈というフィルムに愛される新たなミューズの登場を喜びたい。彼女が心理的にも身体的にも映画を常に振動させている。あの未知の引力は何だろう。前田敦子しかり、無自覚であるにも関わらず、どうしたって”センターライン”だとか”物語”を引き付けてしまう人間というのがいるのだ。


ここ数作のAKB48のドキュメンタリーが映していたものが、大きくなり過ぎたあまり制御の効かなくなった船のいつ沈むやわからんスリリングさ、であるとするならば、この乃木坂46初のドキュメンタリー映画に収められているのは、共同体としての最も美しく充実した期間だろう。時にはぶつかりながらも、喜びをわかち合い、ゼロの状態から1つの目標に向かっていく瞬間、瞬間が捉えられている。例えばこんなシーン。紅白出場がほぼ内定していたにも関わらずあるスキャンダルがきっかけでそれが取り消されてしまう。泣いて悔しがっていたメンバーが、年末の生放送番組の控え室で、紅白に乃木坂からただ1人出場する(AKB48との兼任の為)生駒里奈をテレビの前で見守る。生駒がテレビに映る度に喜びの声を上げるメンバー達。なんて素敵なアイドルグループなのだろう。誰もがそう思わされるに違いない。勿論、ドキュメンタリーとは言え、ここに映し出されているものが必ずしも真実ではない事くらい承知である。「こう見せたい」という監督や運営、もしくは少女達自身の思惑が交錯し、編集・作り込みが為されたものが、本作だ。しかし、その事は『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』という作品の画面に少女の”生”が輝かしく刻まれている、という映画的魅力をなんら否定できない。気になるクレジットは神戸千木。岩井俊二作品を支えた故・篠田昇の弟子であり、本年度最も過小評価されている傑作『花とアリス殺人事件』(2015)において、師匠さながらの画面と光を構築したカメラマンだ。ちなみに神戸千木は岩井俊二が制作総指揮を務めた寒竹えり『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』(2011)でもカメラを回している。そちらを観て頂ければお分かりになるかと思うのだが、岩井俊二の潔癖性と変態性が混ざり合った歪んだ少女趣味と抜群に相性のいいカメラマンなのだ。AKBグループ以上に”少女性”に特化した乃木坂46との相性は言わずもがなである。少女の何気ない所作の中から、その生命から、光と闇を実にリリカルに切り取っている。
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傑作『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』(2012)を擁する高橋栄樹によるAKB48ドキュメントシリーズは、アイドル活動によって傷ついていく少女達を捉えた作品であった。しかし、今作における乃木坂46のメンバーは加入前にしてあらかじめ日常生活において大いに傷つき疲弊している。いじめ、引きこもり、進路、金銭問題etc・・・平坦な戦場を生き延びる少女達。そんな彼女達は傷を抱えたままステップを踏む事を選ぶ。そのダンスはとてもぎこちない。しかし、それは無色透明な美しい運動だ。


そんな彼女達を見つめるまなざしがある。メンバーの母へのインタビューを基に構成されたナレーションである。その全ては女優・西田尚美の声によって再生される。同じ声でささやかれる事により母の人格が徐々に同一化されていき、巨大で優しい眼差しを持った”何か”のように響いてくる。では、見つめられる彼女達は天使であろうか。そして、映画を見つめる観客の視線もまた、その大きなまなざしに呑み込まれていくような感覚。そんな体験が、このドキュメンタリーにはある。