青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

さくらももこ『コジコジ』

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誰がなんと言おうと、『コジコジ』はラブコメなのである。いや、もちろん『コジコジ』のジャンルは一つに断定できるものではない。たとえば、「コジコジは哲学である」という論調はいまだに根強い支持を得ている。

コジコジだよ
コジコジは生まれた時からずーっと
将来もコジコジコジコジだよ

第1話に登場したこのフレーズが、流れを決定づけた。確かに『コジコジ』というのは、"実存"をめぐる物語なのだ。登場人物の誰もがそのアイデンティティが揺らいでいる。飛べない鳥泳げない魚の半魚鳥である次郎君、記憶喪失のブルガリア人のジョニー、天使なのに不細工な自分に悩む吾作、天使なのに神様の事を知らないルル、正月という行事への自信が揺らぐ正月君、「オレってなんで頭に花なんて咲いてるんだろう」と疑問を持つ頭花君、メルヘンの国になぜか存在する悪者のブヒブヒ、三日月の夜だけ容姿と性格が変貌してしまうスージー、自分達が漫画のキャラクターと知り恥ずかしくて死にたくなるまる子と友蔵、勝手に沸騰してしまうやかんの頭を持つやかん君・・・
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そんな登場人物の中において、コジコジの放つ「あなたはあなたでしかない」というメッセージは確かに深く刺さるものがある。しかし、「コジコジは哲学である」としたところで、では「哲学とはなんぞや」という話になってくるわけで、一旦置いておこう。そもそも1話のオチは、「コジコジコジコジだよ」という言葉に感化され「次郎は今も将来もずっと次郎なのさ」とダメな自分に開き直る次郎くんが

バカ言ってんじゃないよっ
ずっと次郎じゃ困るんだよっ

と、母親に猛烈なビンタを食らうというものである。真理めいたことを語るやいなや、すぐさまそれを壊してもみせるのがさくらももこという作家なのだ。コジコジが"宇宙の子"であることが発覚する作品のハイライト的7話「手紙を書こう」のオチはこう。

コジコジ「次郎君 昨日コジコジも手紙出したよ」
次郎君「えっ キミが一体誰に出したんだよ」
コジコジ「おとうさん おかあさん」
次郎君「へーキミの両親て何ていう名前?ガジガジとかっていうの?」
コジコジ「えーーとねぇ
     何だっけ?
     う・・・う・・・"う"のつく名前なんだ」
次郎君「う?うし?うま?うめぼし?」
コジコジ「ええと・・・ええと
     ・・・たしか・・・"う"の他に"ち"もつくような名前・・・」
次郎君「うんちっ」
コジコジ「もう少し長い名前だったよ」
次郎君「じゃあ宇野千代
    "う"と"ち"がついて少し長いぞっ」
コジコジ「うのちよ・・・ 
     そうかもっ!!」
次郎君「ホントかよ・・・
    じゃあ まァ母さんは宇野千代として・・・
    父さんは?」
コジコジ「・・・えーと
     なんか・・・
     チューっていうような名前」
次郎君「・・・ネズミかな?」
コジコジ「ネズミかも」
次郎君「母さんが宇野千代なら父さんがネズミなわけないよ」
コジコジ「じゃあ何?」
次郎君「宇野千代は人間界のえらい作家だから父さんも人間界の有名人だっ
    ひょっとして・・・荒井注!?
    キミ 宇野千代荒井注の子供だから 
    すげー個性的だったんだ」

あまりの会話の掛け合いの見事さについ長々と引用してしまった(コジコジと次郎君の会話は常に優秀な漫才なのだ)。このように、さくらももこはしっかりと照れ、ボケる。


そんな照れ屋のさくらももこの作品の中で、もっとも、ラブ要素が高い長編が『コジコジ』なのだ。実のところ、『コジコジ』は恋愛を巡るエピソードが非常に多い。ペロちゃん/やかん君、ハレハレ君/ジョニー、スージー/吾作、スージー/ロバート王子、テルコ/ふうた、おりひめ/ひこぼし、正月君/ひな子/バレンタイン君・・・いくつものラブストーリーが平行して描かれている。そこで登場する、ハート射抜かれるパンチラインの数々をいくつか紹介してみたい。



まずは、ナゾ怪人のスージーに恋に落ちている天使・吾作の独白。

なんでオレは天使なんだろう
こんなブ男なのに
ただでさえ恋愛なんてできないのに
ましてやたまたま好きになった人とは敵なんて
<中略>
結ばれないとわかっていてもスージーのことが知りたい
スージーは毎日どんな暮らしをしているんだろう


続いて、「ひこぼしは他の女と浮気している」と嘘を吹き込まれたおりひめの台詞。

愛する人がそうしたくてしてる事ならそれでいいの
愛は全てを認める事だと私は思うから
<中略>
わたしゃ待つよ
あの人が来ようが来まいが待つよ
今年も来年もずーっと待ってるよ
何万年も愛し合ってたんだから
ハンパじゃないんだからね・・・


正月君の恋のエピソードから。正月君のお見合い相手であるひな子さんには200年付き合った元カレのバレンタイン君がいる。ひな子のことを諦め切れないバレンタイン君は何度も2人の恋を邪魔するのだが、最終的に2人を祝福する。

ひな子・・・キミと正月君がうまくいくように祈るよ
それがオレの仕事だからなァ
あーあ
因果な仕事だよなァ
バレンタインデーの恋の守り神なんて・・・
でも ひな子・・・
キミが200年間オレを愛してくれたお礼に
今日はキミの恋を誰の恋よりも1番にオレは祈るよ

バレンタイン君ありがとう
あなたと愛し合っていた日々があったこと
私忘れない・・・


最後に、2年前に一度だけ出会った風の子供ふうたのことが忘れられないてるてる坊主のテル子の台詞。次郎君やコロ助に「もう忘れたいほうがいい」と言われるテル子。

でもね・・・
ある日なんとなく空を飛ぶ小鳥を見てたら
小鳥は空の事をただ大好きで空を飛んでて
空が自分の事を好きかどうかなんて別に気にしてなくて・・・
それでね・・・わたしも
ふうた君の事が大好きな気持ちは
小鳥が空を大好きな事を同じくらいうれしい事だから
ふうた君がもし
わたしの事を忘れても
わたしはふうた君の事を大好きなままでいたい
って思ったの


どうだろうか。さくらももこのラブストーリー作家としての筆致の強さが少しでも伝われば幸いだ。彼女の描く恋愛は、種族間や性別を軽々と超え、モブキャラクターであろうと、悪役であろうと、当たり前のように恋愛のステージに登らされる。そして、この世に発生したすべての恋をすべからく肯定してみせる。それが報われようが、秘められたものであろうが。そんな態度が瑞々しく結実した『ほのぼの劇場』シリーズの「陽だまりの粒」という傑作短編がありますので、未読の方はぜひ(『ちびまる子ちゃん』コミックス8巻に収録です)。さくらももこという作家の魅力は、恐ろしいほどにミクロな感情の機微を底意地悪く拾いあげる筆致と、すべてを包みこむようなマクロな愛の視線を持ち合わせている点にある。傑作『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』のあとがきにこんな言葉を残している。

ちびまる子ちゃん』ではまる子の世界をクローズアップして描いていますが、平行して動いているあらゆる世界のことを私は忘れないでいようと思います

この感覚である。カメ大明神に好きなものを問われたコジコジが答える。

じゃあ全部
全部が一番好き