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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

近藤聡乃『ニューヨークで考え中』

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近藤聡乃という作家は、もうとにもかくにも画が巧過ぎて、どんな内容であろうとも、観る価値あり!と断言できてしまう。コートを脱ぐだとか、靴を磨く姿勢だとか、腕まくりした服の皺だとか、電子辞書を打つだとか、パンケーキにシロップを垂らすだとか、そんな日常の何気ない所作を、かくも官能的な線で漫画表現に落とし込んでくれる作家はそうそうおるまい(高野文子先生がいる)。キャラクターの表情も凄くいい。全て手書きの字もあまりに美しくてもはやセクシー。


そして、このニューヨーク在住の筆者によるエッセイコミックは内容もまたべらぼうに面白い。アメリカと日本という距離を一切感じさせない所が凄い。異国の地での生活で感じる違和感や差異を主に描いているわけだけども、その時に筆者が感じた驚きのようなものが、とてもクリアに伝わってくる。(作中で筆者が耽る妄想ではないが)ニューヨークを走る地下鉄NQラインは、そのまま東京メトロに繋がっているのではないか。そう思わせてくれる、気安さのようなものが本作には横たわっている。筆者が偏愛してやまないという、NQラインのクイーンズポロプラザ駅~39アベニュー駅間で車体に生じる”ひねり”。本書が持つ親密さは、その”ひねり”を「グググ」という確かな実感でもって読者に与えてくれるのだ。これぞ作家の力量というやつ。


しかし、本書は”ない”ものづくしでもある。30代独身女性が異国の地で暮らしているわけだけども、そこにまつわる葛藤のようなものは表層には現れてこない。いつの間にか、当たり前のように登場してくるアメリカ人の恋人には何やら14歳の娘がいるようなのだけど、そこに対するドラマのようなものは描かれない。所謂『東京タラレバ娘』的なものは一切なし。かと言って、異国の地で暮らすことへの結論めいたものはないし、ニューヨークガイドブック的な要素もほぼない。呆れるほどにヒット要素が見当たら”ない”。本書にあるのは、筆者のとりとめのない出来事と思考の蓄積。それが面白いってんだから、もう何も言う事はないだろう。爆笑問題のラジオに送ったネタが採用された喜びをアメリカ人の恋人に伝えたいのだが、「太田光が『北の国から』の黒板五郎のモノマネをしながら田中裕二に手紙を読む」というコーナーの概要を、爆笑問題田中邦衛も知らない外国人にどうすれば理解してもらえるのか悪戦苦闘する。そんなもの面白いに決まっているでしょう。これはちょっとした大ネタだが、筆者の見事な観察眼と採集能力によって紡がれたエピソードはどれもが実に味わい深い。そのエッセイとしての質の高さは、抜群に画の巧い”さくらももこ”とでも言おうか。事実、本書のコメディ要素にはかなりの数のさくらももこへのオマージュが窺えます。

ニューヨークで考え中

ニューヨークで考え中

ちなみ本書は特殊な造本になっており、カバーを外すと背表紙がない。コデックス装というそうで、ページが糸で綴じてある。大変モロそうなのですが、全てのページが平行に開けます。画としても楽しんでね、という作り手の気概を感じますね!また、特に巻数の表記はありませんが、本作はウェブマガジン『あき地』での連載の70回までを収録。連載は続いており、現在100回を突破しております。『A子さんの恋人』と共に続刊が待ち望まれますねー。
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