青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

PUNPEE『Modern Times』

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オープニングトラックの舞台は2015年。年老いたPUNPEEが、40年前にリリースされた自身のファーストアルバムを振り返るところから始まる。未来から過去への眼差しでもって、現在を紡ぎ出す。その構造は、サンプリングという過去の遺産を掘り下げる手法で花開いたヒップホップミュージックの構造そのものをトレースしている。ミサイル、水爆、原発・・・極めて不安定なこの世界情勢であるが、2057年というやつは確かに存在し、それはどうにも穏やかな未来らしい。食卓で妻の振る舞うビーフシチューを楽しむような*1。この「未来はそんな悪くないよ」とでも言うようなポジティブなフィーリングは、不安な現代を生きるわたしたちをひどく勇気づける。しかし、そうでもしなきゃ、たかだか40年先の未来にすら希望を抱けない世界なんて・・・実にクソったれだ。

はいはい まぁご存知の通り
見た目も中身もまぁ覇気がない
はしにも棒にも引っかからずに男だか女か
それもわからない あ Pです

いかにもやる気のない体で待望のファーストの幕を開けるPUNPEE。「地球のことはどうでもいいのさ」とうそぶきながら、宇宙に飛び立ってしまうのだけど、実のところ、この現状には沸々と怒りを宿しているらしい。

妄想癖がドレスコード
見渡す限り皮肉なこんな世界じゃ
皮肉な曲は笑えないしな

時代はあれもこれもみんな 先に決めつけてさ
想像するだけで このままじゃ豚箱行きさ

偉い人に化けた異星人が
想像力を惰性で流そうと目論んでる!ってまた。。。
あの芸術家達もあの戦争に行ってたら死んでたかも
あの戦争の犠牲者の中にも
未来の芸術家が何人居たろう?

共謀罪や安保法案、その一方で平和ボケしたようなくだらないスキャンダル報道の過熱させるメディア。この国に歩み寄るうす暗い影をバースに忍ばせながら、それらを”想像力(このアルバムにはジョン・レノンが2回現れ、イマジンする)”を巡る戦いとして、立ち向かう。そして、とびきりの音楽で未来のご機嫌を窺がう。その姿はさながら、等身大のスーパーヒーローだ。大切なのはイマジネーション、”君の閉塞的な脳みそに少しだけ突き刺さる閃光”、それもイマジネーションのことだろう。



ヒップホップミュージックが持つ、時空を超えた交感のフィーリングは、ロバート・ゼメキスの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を経由して*2、「タイムマシーンにのって」「Oldies」というパーソナルな2曲に帰結する。マクロからミクロへ。

人はこれって時にどうしても
時間を戻せたらとか言うね
でも誰も直せないから
直せないんだなぁ
昔からそうだし
まぁしょうがないねぇ
きっと先は不確定 不安定
でもお行儀よくじゃつまんないね
タイムマシーンに乗り込んで
トラベラーになれたら

例えば未来が すでにあるとして
だけど僕は あがき進んでいくのだろう
時は人をなじって時に振りまわすから
すべて 笑い話になればいいな"Oldies"と

誰もが持ち合わせる後悔と未来への不安を優しく包み込む。ヒップホップシーンのみならず、ポップミュージック史に名を刻む2017年の名曲の誕生である。



ヒップホップシーンのみならず宇多田ヒカルから藤井健太郎など、様々なシーンから賞賛を受ける大天才。でありながらも、PUNPEEはあくまで「板橋のダメ兄貴」と自嘲してみせ、このアルバムにおいても、「俺はパンピー(一般人)」という態度を貫いている。これは過剰な謙遜でも何でもなく、PUNPEEというアーティストの表現の格でもある。

先に名乗られなくてよかった
密かにこの名前気に入ってるのさ

と、自らのMC名について言及する「P.U.N.P. (Communication)」は超重要だ。

いつも俺に当たってた先輩も実家帰り 継ぐ家業
その先輩の大事なパンチライン
もったいないパクっちゃお(パクリちゃうんで)
汗だくの金田君は 糖尿で過去の人
鼻をいきまくってた米田君は 株主で超大富豪
ネタがなくなってきたってわけじゃないが
この名前やっぱ気に入ってる
君はおれで 俺はきみなんだ ほらわかったら
捨てるんだ こんなCD!!

それさえわかったらCDを捨てろ、とまで言っているわけだから、このアルバムで最も伝えたいラインは「君はおれで 俺はきみなんだ」であると決めつけてしまいたい。東京のローカル板橋区での日常のスケッチから意識は宇宙へと拡張し、PUNPEEという人格は増殖・分散していく。さならがら、”サンプリング”のように。PUNPEEは高田君だけども、金田君でもあり、米田君でもあり、私であり、貴方だ。

ニシンが数の子から誕生
サケの子供がイクラみたいに多分PUNPEEも
そのうち何かに変化する

PUNPEE(と言うよりヒップホップシーン)は自我の絶対性に懐疑的で、Sugbabe、PUN-P、Heavy TOMO・・・複数のネーミングを持ち合わせている。わたしたちは絶対的な存在ではない。わたしたちは代替可能であり、故に歴史は受け継がれ、繰り返す。実家に帰った先輩MCのパンチラインをパクるようにして(先輩もまたPUNPEEであるから、それはパクりではない)。

若い世代が新しいものを作り、老いた者が見守るの繰り返しだよ
誰かが作れなかったものを次の若者が作る

未来はいつだって輝かしい過去の中にある。タイムマシーンに乗り込んで、墓を暴き、死体を繋ぎ合わせよう。そして、バックトゥザフューチャー。しかし、PUNPEEは礼儀正しい。アルバムは終盤に向かうにつれ、今はもうこの世にいない、かつての”わたしたち”へのレクイエムの様相を見せ始める。

死んじゃったいつかの
マブダチの灰をRollして
スモークすりゃアイツも
幻覚になって出てくる

あの芸術家達もあの戦争に行ってたら死んでたかも
あの戦争の犠牲者の中にも
未来の芸術家が何人居たろう?
きっと彼らのアイデアは空気を伝って
僕らが形にしてるこぼさずに
灰色の世界にひらめきを
夢のような暇つぶしを
つくりだそうぜHero

これまでの”わたしたち”に溢れんばかりの感謝を述べながら、「大事なのはこれからだぜ」と過去から未来から”わたしたち”を鼓舞する。*3 耳当たりはとびきりスウィート、ウットリするほどの情報量とギミックで編まれた、フューチャーコズミックヒップホップオペラ、それがPUNPEEの待望のファーストアルバム『Modern Times』である。*4


関連エントリー
hiko1985.hatenablog.com

*1:ついでにマリファナも解禁されている

*2:当然40年後のPUNPEEにインタビューしているのはデロリアンに乗ってやってきた若きPUNPEEだ

*3:ネタバレすれば、そのすべては隠しトラックによって覆される

*4:ちなみに私が偏愛しているのは14曲目「Bitch Planet」で「あ、ラウデフでーす」とピンポンとチャイムを鳴らして乱入してくるところ。「だめとかないじゃん、普通」がいい

宮藤官九郎『監獄のお姫さま』1話

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TBSの「火曜ドラマ」枠に、満を持して宮藤官九郎が登場。出演女優陣の豪華さはもちろんのこと、企画・編成に磯山晶、メインチーフに金子文紀、とテレビドラマファンであればクレジットだけで涎をダラダラと垂らさずにはいられまい。あの『木更津キャッツアイ』(2002)からちょうど15年、「あの伝説よ、再び」と願うのがファン心理というもの。多用されるプレイバック、何やらイリーガルなチームプレー、森下愛子(ローズ姉さん)に塚本高史(アニ)・・・『木更津キャッツアイ』の記憶を振動させる様々なモチーフ。「おばさん版木更津キャッツアイだ」なんて声も挙がっていますが*1、この1話の段階ではあの鮮烈さには遠く及ばないというのが正直なところではないでしょうか。プレイバックも冗長で野暮ったい。爆笑問題を登場させての疑似『サンデージャポン』のOPも、『木更津キャッツアイ』での哀川翔、『マンハッタンラブストーリー』(2003)での船越英一郎に比べると、どうにも・・・『木更津キャッツアイ』において何より肝心であった中身のない駄弁りと大騒ぎ、仲間内でしか通用しない質の悪いジョークの数々だろう。それらはこの『監獄のお姫さま』にもトレースされているが、正直言ってまったくキレがない。女優(坂井真紀)のふざけ方などは目を覆いたくなる出来栄えなのだけど、もしかすると、あのうすら寒い感じが狙いなのだろうか。とは言え、まだ1話。演る方も、観る方も、身体が温まっていないわけで、今後に期待だ。おばさん達のドーナッツトークでもって、物語を転がしていって欲しい。



とは言え、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)、『カルテット』(2017)を送り出した「火曜ドラマ」であるからして、そのフィーリングは共鳴しているし、切り込むテーマは現代的。傷ついた女性たちの緩やかな連帯でもって、クズ男に復讐する物語。しかし、クエンティン・タランティーノの諸作や坂元裕二の『問題のあるレストラン』(2015)のそれとは一線を画しているように思う。懲らしめられるべき男、板橋五郎(伊勢谷友介)が単なるクズでなく、妙にブルージーに描かれている。彼には、家族への愛が確かに存在しているように思えるし、爆笑ヨーグルト姫事件への”後悔の念”のようなものも感じさせる。

あの人、泣いてるんだもん
「何やってるんだろ、俺 なんでこうなったんだろ」って
情けなくて自分を呪って泣いてるんですよ

シンプルな勧善懲悪ものであれば、必要のない要素がしっかり書き込まれているのだ。やはり、『逃げ恥』『カルテット』のように、複雑な感情の在り方を、生き方を、肯定する物語なのだろう。
母さんだけが悪いわけじゃないって知ってるから

父さんも良くないって
別にもう怒ってないからね

1話目にして馬場カヨ(小泉今日子)が息子にいとも簡単に”許されてしまう”ところにも顕著だ。別居している母からの差し入れを迷惑がる息子。このデフォルトみたいなやりとりが、どうにも絶妙だ。

公太郎:そういうのが1番困るんだよ
カヨ:困らせたいのよっ

底抜けに明るい。差し入れたケーキをゴミ箱に捨てられることなく、きちんと食べられる。こういった安易な軋轢のドラマメイクを避けて、親密さのようなものを紡ぎ出す宮藤官九郎の筆致を信頼したい。



お揃いで色違いのネイルにアイフォンケースから、戦隊モノヒーローのイメージが重ねられている意図はまだ掴みかねている。しかし、”色”の演出は今作でも周到だ。吾郎のかつての恋人殺害のイメージが繰り返し挿入される。ナイフの刺さった白シャツから流れる赤い血。この”死”のモチーフである白と赤が執拗に画面に構成されている。何度もリフレインされる「お節の中では何が好きとかあります?」という爆笑問題への回答は「なます(大根と人参)」であるし、サンタクロースの衣装、クリスマスケーキのクリームと苺、えどっこヨーグルトのパッケージ・・・そのどれもが白と赤のミックスである。この混じりあった感触こそ、今作の描きたいものなのだろう。



“女囚もの”であるからして、「犯した罪は許されるのだろうか」といったテーマも内包していくのだろうか。1話では、そこに対して、先生(満島ひかり)から、ガツーンと否定の言葉が飛び出す。

ずうずうしいんですよ犯罪者って
時間巻き戻せると思ってるんです
刑務所のことタイムマシンか何かだと思ってるんです
出てきたら犯した罪までチャラになると思ってるんです

齧られたおにぎりを前にして「元には戻れないんです」と、完全にどこかで観たことがあるような、食べ物に重ね合わせた「時の不可逆性」への言及。しかし、思い出したいのは、馬場カヨが登場した橋のシーンである。

違うんです!
向かってるんですけど遠ざかるんです!

何なの!?
なんで前に進んでるのに後ろに下がるのよぉ!

後悔を抱えて後ろ向きに、目指す方向とは違ったとしても、進ことは進む。思いもよらぬやり方で、不可逆性というものを覆している。

*1:『ごめんね青春!』(2014)の時も言われていたような・・・

最近のこと(2017/10/09~)

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長濱ねるのすべての画像の副題をワールドイズマインとしたい。長濱ねるさんのファースト写真集が12月に発売されるらしい。3冊買おう。ギリシャ撮影という渡辺梨加さんの写真集も当然楽しみ。しかし、急に寒くなった。とは言えもう10月も半分過ぎているのだからこれが順当な寒さなのか。そろそろ炬燵を出そうと思う。外が肌寒いので少し厚着をする。外にいてちょうどいい恰好をしているのに、電車やお店が外の気温に合わせて暖房を入れていてムワっと辛い・・・という悪循環を人類はどこで断ち切れるのだろう。お店はまだしも、着脱のしづらい電車でのそれは悪だ。



月曜日。三連休の最終日なので、のんびり過ごす。『野球太郎』のドラフト特集号を買って、気になる選手のチェックなどに勤しんだ。

清宮か安田が獲れればうれしいが、外したら1位は投手で、2位以降は野手中心か。岩見、楠本、宮本、西浦、田中あたりを獲得してくれたらうれしい。3位で田中を獲れたらこんなにありがたいことはないが、さすがに難しいだろうな。お昼ご飯に、仙台で朦朧として購入したハウス食品の「シチューオンライス」を作って食べる。クリームシチューとご飯の相性には懐疑的だったが、この商品は玉葱の旨味でもって、クリームとライスを見事に融和させている。美味しいのかはよくわからないけども、今まで食べたことない味がするので、ぜひ試してみて欲しい。ゲームで疲れた身体をほぐしに、銭湯へ。サウナに入ったら、口内炎の腫れが急激に引いた。サウナにそんな効果があるとは聞いていないが、またしても私のサウナ信仰が深まってしまった。レイトショーで北野武アウトレイジ 最終章』を観る。むちゃおもしろかったが、シリーズ3作の中では今のところ3位。小日向文世という狂言回しがいなくなって、物語の筋運びが愚鈍になり、演出のキレがやや落ちた印象がある。もう2回くらい観てみたい。韓国フィクサーと白竜は最高だった。映画館の入ったショッピングモールに、『マツコの知らない世界』で何年か前に紹介された「菊水堂のできたてポテトチップス」が近所に売っていた。
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当然買うのだけど、口に含むなり「劇的に旨い!」となるものじゃない。化学調味料無添加とのことで、味のインパクトは薄いのだけど、口に運ぶ度に素朴な美味さが積み上がっていく、崇高なポテチだった。ポテトチップスをポテチと略したのは『きんぎょ注意報!』が最初、という説があるが本当なのだろうか。あの漫画によって”焼きそばパン”は特別なものになったし、『きんぎょ注意報!』の再評価を進めていきたい。不良牛とかペンギンの郵便屋さんとか懐かしくて涙が出る。グラサン、金髪でシャアみたいな葵ちゃんがめちゃ好きだった。



火曜日。連休明けの業務で力尽きる。しかし、この1週間悩まされていた口内炎がめでたく完治。お祝いに、最近お気に入りの激安スーパーでイワシの刺身と寒ブリの切身とブロッコリーを買って帰った。どれも信じられないほど安くて、変なテンションになってしまう。イワシはとりあえず適当に身をほぐして、葱と大葉としょうがとニンニクと混ぜ、醤油を垂らして食べる。非常にワイルドな味わいだった。ブロッコリーは茹でてマヨネーズで。CMの菅野美穂みたいにして、食べた。

MODERN TIMES

MODERN TIMES

PUNPEEの待望のファーストアルバム『Modern Times』がやっとこ届いたので、ずっと聞いていた。七尾旅人の『911FANTASIA』みたいな始まりに面食うも、これは大傑作だ・・・と大袈裟に震える。数多のカルチャーからの引用の手捌きに惚れ惚れするし、全曲たまらなくポップ。作品に迸るエモーションにもバシっとやられてしまった。板橋の星だ。いつか映画館で鉢合わせたいものです(今も板橋に住んでいるのか知らないけど)。
ジョルジュ大尉の手帳

ジョルジュ大尉の手帳

古本屋で買ったジャン・ルノワール『ジョルジュ大尉の手帳』をお風呂で読み終えて、いたく感動した。拡散されていく自我の絶対性。何よりエピソードの芳醇さと文章のおもしろさにやられる。そして、あまりにヴィヴィッドな性(生)の交感の描写。



水曜日。髪が鬱陶しいので散髪する。昨日買ったブリを焼いた。家で魚を焼くのは久しぶりだ。部屋のあらゆるものが生臭くなるデメリット以上の美味さを得られないからである。ネットで得たうろ覚えの知識で、焼く前に酒と塩につけておき、表面に熱湯をかけて臭みとりをした。グリルでなくフライパンで焼いても、充分美味しかった。洗い物も簡単なので、もう二度とグリルで魚を焼くのは止めようと思います。
hiko1985.hatenablog.com
この日放送の『水曜日のダウンタウン』は凄かった。「リアルスラムドッグミリオネア」での小宮さんの頭脳明晰さ、素敵だ。「寝たら起きない王選手権」にやられすぎてしまい、思わず個別エントリーに記してしまった。都市生活者のブルース、としての黒川明人さん。ここにきて、小宮さんがとにかく愛くるしくて仕方ない。ルックスはすっかり垢抜けたけども、あのかわい気がずっと健在なのがうれしい。テレビに出始めた頃、浜村さん(ex.浜口浜村)が「俺の感じていた小宮のかいわさがテレビでも伝わってうれしいよ」とライブで喋っていたのが凄く印象的でいまだに忘れられない。あれは「三組のライブ(仮)」だったか。三組の内、三四郎は著しく売れたが、浜口浜村もドリーマーズも解散してしまった。いつか、「三組のライブ(仮)」同窓会を開いて欲しい。三四郎ウィキペディアを見ていたら、小宮さんと私は同じ小学校の出身であった。そういえば、ちょっと前に母親がそんなことを言っていたが、何かの間違いだろうと聞き流していた。学年も2つしか違わないので、かなり同じ風景を目にして育ったということだ。ちょっとドキドキしてしまうではないか。



木曜日。仕事帰りにサクっと銭湯でサウナへ。最近は攪拌していない水風呂のほうが好き。攪拌しているほうが体感温度は下がるのだけども、動きのない水風呂はジッとしていると、身体感覚が消える。そして、静かな水面の揺らぎを見つめながら、ととのうのがいいのだ。ものすごいととのいを得たのだけども、帰り道に大雨に降られた。帰宅して、再びイワシとブリを食べた。この日から放送が開始された『刑事ゆがみ』、何と演出が西谷弘(『任侠ヘルパー』『昼顔』など)であった。冒頭の浅野忠信神木隆之介の殴り合いの画面に、しっかりとアクションが息づいている。『わろてんか』の高橋一生のアクションシーンのうまくなさと比べてみれば、監督の力量がお分かりいただけるだろう。やたら凝った構図と手間のかかりそうなロングショットの挿入がたまらない。あともう少しだけ脚本が楽しければ、言うことなしだ。『ラストクリスマス』(2004)という月9ドラマが、坂元裕二×西谷弘なのだけども、脚本と演出でトップランカーに進化した2人のタッグをぜひとも観てみたい。織田裕二が主演でいいので。



金曜日。13日の金曜日、何かが起こりそう。
youtu.be
斉藤優里さん、素行不良のイメージがあってあまり好きじゃなかったけど、最近すっかり心を許している。乃木坂46が誇る名曲「13日の金曜日」のパフォーマンスでの「セイっ!」という間の抜けた、そもそも何をセイすればいいのかよくわからない煽りも、昔は「うるせぇ」と思っていたが、今はあれなしじゃ聞けない。あの「セイっ!」を欲している俺がいる・・・にゃんこスター理論である。にゃんこスターの賛否両論続いている。信頼している書評家が「にゃんこスターごときで驚く人達に・・・」という書き方で演劇界の笑いを持ち上げて失笑した。演劇界隈が賞レースの時だけお笑いを評し出すの信用していなくて、誰だか忘れてしまったのだけど、バイきんぐが優勝した際に、「みんなこんなのがコントだと思ってるの?」とつぶやいていて、むちゃ腹立ったのだけ覚えている。



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仕事のあと、知り合いの方に田端の居酒屋「初恋屋」に連れていってもらった。海鮮系が売りのお店。新鮮な刺身を堪能しました。写真ないのですが、ウニやスルメイカも抜群。刺身だけではなく、カキフライ、マグロのスタミナ焼き、イカのバター炒めなども美味でした。狭い店内にミッシリお客さんが詰められていて、落ち着く店とは言えませんが、オススメ。下戸なので、おおいに飲める人がいてくれないと、こういった居酒屋には行きづらいので、今回はありがたかったです。久しぶりに酔っぱらう人と対峙したのだけども、話が永遠にループしていて凄かった。ものすごい読者家の方で、常に鞄に4冊くらい入れて、毎日1時間余裕をもって家を出て喫茶店で読書してから仕事場に向かうらしい。海外のSF小説を原書で読んでいて、かっこよかった。

三の隣は五号室

三の隣は五号室

お風呂で長嶋有『三の隣は五号室』を読み終える。凄い。『ぼくは落ち着きがない』もだけども、間取りを文章で書く困難さを易々とこなしている(間取り図自体も出てくる)。こんな風にライトに記憶の集積や総体としての人々を書いてしまえる才能につくづく感服である。


巨人の村田修一戦力外通告を受けたそうな。三塁と一塁の守備が巧くて、頑丈で、確かな実績のあるホームランアーティスト。来年38歳とは言え、ヤクルトの補強ポイントにあまりに一致している。ヤクルトには日大で同期の館山もいるし、そもそもヤクルトは日大派閥なところあるし、絶対獲得に動いてくれる!と思っていたら、ロッテ入団が濃厚のよう。うーん。川端と畠山を戦力に数えるのはいい加減にやめたほうがいいし、ドラフトの結果次第では絶対必要になる選手では。育成に全力を費やすのもよいのだけど、球場に足を運ぶ身としては、少しでもましな試合して欲しいのだよな。これで来季も大松、武内、荒木とかが一塁を守っていたら、イライラしてしまいそうである。



土曜日。『わろてんか』の千葉雄大がナレーションベースで死んでいて、ビックリした。濱田岳は素晴らしいし、高橋一生は気になるが、ずっとはてなマークが浮かび続けているので、もう観るのをやめようと思う。スーパーの特売日だったので、朝から行ってみたら、凄い混み方をしていた。そして、確かに特売品が目白押し。どっさり買い貯めて帰宅し、こんなにも冷蔵庫が充実したのは初めてではないかと悦に浸った。ドラクエやって、ドライカレーを作って、食べる前に銭湯へ出かける。サウナがないので、足が向かなかった上板橋の「第一金乗湯」という銭湯に初めて赴いた。
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戸次重幸主演の『昼のセント酒』の記者会見はここで行われたらしい。2013年にリニューアルしたばかりで、内装はモダンでスタイリッシュ。ちょっとした高級旅館宿の浴場のようである。サウナはないが、水風呂はあるので。温冷交互浴を楽しんだ。交互浴の場合、最高に気持ちいいのは水風呂に入る時でなく、水風呂のあとに入る熱湯だ。ジワーっと身体が温まってくる感覚が倍増されて、脳内に快楽成分が行き交う。低温の薬湯も気持ちいいし、何より落ち着いた雰囲気が最高で、すっかり気に入ってしまった。夜の24時までやっているのも素晴らしい。ちょっと通いたい銭湯である。サウナがあれば言うことなしなのだが、サウナがあるとまた雰囲気が変わってしまいそう。帰りにコンビニで『EX 大衆』を購入。

長濱ねる表紙、長濱ねるクリアファイルに長濱ねるポスターがついて、大貫真之介さんによる長濱ねるロングインタビューが掲載されている。長濱ねるって何回書いたって飽きないじゃんね。写真集5冊買おう。『陸海空 地球征服するなんて』のスペシャルを追っかけ再生。まさかの前・後編とは知らず、前半の2時間半しか録画していなくて、ショック。『世にも奇妙な物語』の深川麻衣さん主演の短編、観た。振り向いただけで、猛烈かわいかった。あと、Netflixラバーガールの『GIRL』と『大水が出た』を観直した。



日曜日。この日も雨。晴れ間をしばらく観ていない気がする。せっかくの気候が台無しである。ひたすらに『ドラクエV』に勤しんでいた。重厚で長尺のシナリオに「人生だ・・・」と感動している。主人公は10年間奴隷生活を強いられたり、8年間石像にされていたり、ろくでもない人生なのだけど、文句ひとつ言わない。というか、「はい」か「いいえ」しか喋らない無口なやつ。終盤に突入し、ダンジョンの難易度が上がっている。壺から出てきたブオーンの強さと、「ボブルの塔」の異様なエンカウント率の高さと、「封印の洞窟」のブルーイーターレッドイーター、デビルマスターが揃って出た時の凶悪さについて・・・発売から25年経って、『ドラクエV』に新鮮に翻弄されている人間がいる。これまでひどく悩まされてきた、『ドラクエⅪ』の為にPS4を買うか、3DSを買うか問題ですが、堀井雄二曰く、任天堂switchでのソフト化が進んでいるとのことですので、無事解決しました。任天堂switchを買います。『マリオオデッセイ』も『ゼルダの伝説』も『マリオカート』も超やりたい。しかし、どうしてもやりたいゲームを自分の意思で買える、という自由さは、身分不相応な気がして臆してしまう。ゲームソフトというのは「摸試でいい成績とらないと買ってもらえないもの」みたいな幼い頃の認識から抜け出せない。YouTubeに2011年に放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」のSMAP3時間完全版があって、観ていたら、インタビュー記事の静止画や他番組の映像が挿入されたもので、編集者の熱意に感服。3時間ずっと目を潤ませていた。SMAPという奇跡。この日放送の『乃木坂工事中』を観ていて、1期生の円陣映像を観て、またしても泣く。乃木坂1期生という奇跡・・・2期生も3期生も好きだが、やっぱり1期生は凄い。『欅って、書けない?』、ひらがな2期生が真っ当に美少女揃いなのに面食らう。ひらが1期はあんなにも癖のある美少女たちなのに。丹生明里さんがとびきりかわいかった。あと、長濱ねるさんのひらがなポーズからの照れ顔に気絶した。写真集10冊買おう。

水曜日のダウンタウン「寝たら起きない王決定戦」

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2017年10月11日放送の『水曜日のダウンタウン』の衝撃から抜け出せないでいる。PUNPEEの『MODERN TIMES』発売記念バージョンのOPもグッときてしまうし、冒頭の新企画「リアルスラムドッグミリオネア」もギャラクシー賞候補間違いなし。企画の発想力もさることながら、「見ること」「聞くこと」の”不確かさ”を、重層的に問う構成に痺れた。しかし、その衝撃を吹き飛ばしたのが、「寝たら起きない王決定戦」でのクロちゃん(安田大サーカス)だ。クロちゃん回はいつも凄いが、今回はとびきりだった。あまりに観たことない映像のオンパレードである。泥酔したクロちゃんが眠りにつくまでの姿を収めたドキュメンタリーなの
だけども、とにかくおぞましい。「ば、化け物・・・!」「こんな事って・・・」「大チャンス!」といちいち気の利いたコメントを残す仕掛け人小宮浩信三四郎)の”かわい気”との対比も相まって、クロちゃんの醸し出す恐怖がひとしお。


サラリーマン4コマ漫画のようなヨッパイ千鳥足で帰宅し、独り言をつぶやきながら部屋を徘徊、共演した女性タレントの名を何度もつぶやきながらうなされるように眠りにつき、突如泣きだし、床を這いつくばってベッドの下に潜り込む・・・その突拍子のない奇行の数々に腹を抱えて笑ってしまう。笑ってしまうのは確かなのだけども、同時に何やら胸が苦しくなるような感覚も抱いた。それは「プライベートのないクロちゃんがかわいそう・・・」とかそういう放送倫理委員会的なものではなくて、あのクロちゃんの”歪さ”に対して、何かこう根源的なシンパシーのようなものを覚えてしまったのだ。だって、私も貴方も、ああならないとは言い切れない。いや、今現在も、あのような行動を誰にも知られることなくとっているかもしれない、という恐ろしさ。「胎動するベッド」というあまりにキラーなフレーズと共に、上下に軋むベッドと共に苦しそうに呼吸するクロちゃんのサッドモンスターぶりは、誰もが胸の内に抱え込む”人として生きる悲しさ”のようなものがゴロっとありのままに映し出されてしまったみたいだ。人間の悲しさが全部映っている、とさえ思った。それを笑えたのは何やらポジティブなことのようにも思える。*1ときに、元℃-ute岡井千聖のワイプコメントがネット上で不評のようだ。確かに手数が多くてうるさいのだけども、クロちゃんのVTRを前にして、1回だけ実に鋭いコメントを残している。

なんかかわいそう
切ないね

どう考えても「気色悪い」が正解のリアクションである中、この視点を持ち込んだのは凄い。『水曜日のダウンタウン』はいつだって、”観たことがないもの”を観せてくれる。これからも、水曜日だけは早く家に帰らなくては。

*1:言うまでもないが、この時私が笑い飛ばしているのは私自身だ。

ロロ『BGM』

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高校演劇「いつ高シリーズ」、テレビドラマ『デリバリーお姉さんNEO』の成果かくやと言わんばかりに、三浦直之の書く会話がどこまでも瑞々しい。例えば、冒頭で泡之介が語る、金曜夜の恒例であった食事の為の家族ドライブの思い出。エピソードとして圧倒的に”活きて”いる。もしかしたら、この箇所なんかは、誰かの実体験をそのまま語っているだけなのかもしれないが、こういった”活きの良さ”が全編にわたって繰り広げられている。そして、会話が場面を呼び、油が差されたかのように滑らかに物語を回転させていく。これまでになくリアリズムを貫きながら、時にマジカルに、ポエミーに、フランス映画のようなVシネマのような、唯一無二なポップカルチャーの数珠つなぎだ。そんな三浦直之の語り手として成熟に呼応するように、照明、美術、衣装といった各要素もハイレベルに作品を高め合う。ときに、劇団初期作のようなチャイルディッシュな全能感でもって、ワチャワチャと横道に逸れてみせながらも、全体的な口当たりはあくまでスマートでポップ(江本祐介による音楽の貢献も大きすぎるほどに大きい)。ロロという劇団が確実にネクストレベルに到達していることを知らしめた1作となった。


学生時代からの友人・午前二時の結婚式に向けて、泡之介とBBQは車を北へと走らせる・・・あらかじめ説明をしておくと、”午前二時”も“泡之介”も“BBQ”も全て人名である。これはあだ名やハンドルネームなどでなく、本当にそういう名前なのだ。他にもドモホリンクル、金魚すくい、聞こえる・・・といった固有名詞から動詞まで、あらゆる数奇な名前の人物が登場する。この手さばきは三浦直之が高橋源一郎チルドレンであることに起因している。

さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)

さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)

ちなみに高橋源一郎のデビュー作『さようなら、ギャングたち』の主人公カップルの名前は、”さようなら、ギャングたち”と” 中島みゆきソング・ブック”、飼っている猫の名前は”ヘンリー四世”である。これだけで、いかに三浦直之が高橋源一郎の影響下にいるかが明らかになるだろう。深い意味はおそらくない。しかし、このあらゆるものが差異なんてまったく気にせずに横並びにされるような感触がいい。ロロのキャラクターの独特な名付けには、圧倒的な”親密さ”のようなものが流れている。そういった態度は作劇にも強く作用していて、ロロ作品の世界にはおいては、性差とかそういったものはあってないようなものだ。泡之介とBBQのという2人のボーイズは、ごく自然にカップル。そのことについて、周りもとやかく言わない。当たり前の恋バナのようにして語られる。亀島一徳・篠崎大悟のカップルに、「いつ高シリーズ」ファンは、将門と太郎の関係を想起してニヤリとしたことだろう。


話を『BGM』に戻そう。時は2016年、泡之介とBBQは車を仙台に向けて走らせる。車内でスマートフォンに目を落とした泡之介に、「SMAPの解散」の報が飛び込んでくる。このちょうど10年前すなわち2006年、泡之介とBBQは、失恋した午前二時を慰める為に、同じく東北を車で旅した。泡之介とBBQは、その10年前の旅行の道筋を辿り、散らばった記憶を拾い集める。かつての”思い出”を10分間の演劇作品として、結婚式で披露する予定なのだ。現在の時間軸を、2017年ではなくあえて2016年に設定している。「SMAPの解散」のフィーリングを物語に落とし込むためであろう。更に、2006年と2016年という10年間の、そのちょうど真ん中に「2011.03.11」を配置する意図があったのではないだろうか。記憶の2006年から5年後に、現在の2016年の5年前に、あの震災は起きた。『BGM』のロードムービーは、東京からいわき、松島、仙台、石巻と巡る。津波によって風景が流された場所ばかり。しかし、この『BGM』という作品は、劇中において震災についての言及は一切なされず、明るく楽しいエンターテインメントであり続ける。誰1人として失われない物語だ。記憶の中の2006年、海辺にほど近い場所で暮らしていた繭子や”聞こえる”の現在軸での安否が気になる。しかし、2人は当たり前のように2016年においても健在だ(”不在”であった繭子と10年前と変わらず小学生のままの”聞こえる”のあり方はやや幽霊的にも感じるのだが)。あえて、震災の被害の爪痕が大きい土地を舞台に選びながら、何もなかったかのように作劇する。社会から目を背けているようでいて、“あえて”何もなかったかのように振る舞うその態度には、”再生”への祈りのようなものが込められていやしないか。震災で失われた風景、もしくは国民的アイドルグループ、そして過ぎ去った青春。その再生。


かと言って、再生を祈る三浦直之の筆致はちっともノスタルジックに陥ってはいない。確かに、どうやっても時間は戻らないし、記憶は確実に薄れていく。だからこそ、人は言葉を記し、物語をしたため、何かを演じ、歌を歌うのだ。劇中において、午前二時、泡之介、BBQが旅のハイライトを演劇にしたように。綾乃が(大)女優であるように、午前二時の元カレ永井がYouTubeに歌をアップするように。


舞台美術の可動式のストリングスカーテンがユラユラと揺れ、時間や空間が振動すると、過去と現在は織り重なり、交差して溶け合う。過ぎ去ったはずの青春が、確実に“今”に息づいていることに気づくだろう。いや、青春という言葉は、ある一限定的な期間にのみ宿るのでない。

駅についた列車から高校生の私が降りてきた

おしゃべりはつづくよどこまでも

いつかは急がなければならない日がくる

劇中に「青春18切符」のコピーが印象的に何度も登場する。青春18切符の購入に年齢制限はない。18歳を過ぎようとも、何歳だろうと購入することができる。そう、青春はどこにだって、いつだって宿るのだ。その事実は私たちの”さびしさ”をどこまでも慰めるだろう。OK、未来はいつも100%楽しい。



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