青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

『1日外出録ハンチョウ』という中年の聖典について


ここ数年で最も読み返している漫画は『一日外出録ハンチョウ』になるだろう。狂おしいほどに好き。ページを捲るたびに、心に安寧が訪れます。2017年の連載開始から20巻以上が刊行されており、10巻くらいまでのキレキレのおもしろさからはややテンションダウンはしているものの、しっかりと時流を取り入れてくるので、新鮮さは保っている。今作のキャッチコピーは、「『賭博黙示録カイジ』の飯テロスピンオフ」というものなのだけども、もはや単なるグルメ漫画の域を超えており、中年の幸福論を描いた“聖典”であって、心が疲れた折に何度も手を伸ばしてしまう。2021年頃の『オードリーのオールナイトニッポン』でも、若林が今作を絶賛しており、「おじさんに刺さる漫画」「もう俺泣きそうになっちゃって・・・」というように語っていた記憶がある。大袈裟ではなく、わかる。おじさんになればなるほどに泣けるのだ、『ハンチョウ』は。


主人公たちは、本編のカイジの設定どおりに、巨額債務者として地下施設で労働を強いられており、その中で得た賃金(ペリカ)を貯めて、「1日外出券」を購入し、地上に舞い戻り、束の間の休日を享受する。美味しいものを食べたり、旅行に出かけたり、気の合う仲間とファミレスや家でダべったり、漫画を読み耽ったり、カラオケにてドラマ主題歌縛りで盛り上がったり、スーパー銭湯で1日癒されてみたり、こだわりのカレーを作ってみたり・・・とにかく自分の機嫌を回復させる休日というやつを見事に過ごしてみせるのだ。地下労働施設や1日外出券というのは特殊な設定のようだが、過酷なストレス社会で生きる我々のシンプルなメタファーであって、社会人の少ない自由時間をいかに豊かに過ごしていくべきかの指南書として今作は機能している。


主人公の大槻は40代。人生はもう大きくは変わらないかもしれない。そもそも、大槻は何も変えようともしていない。地下からの脱出も目指していないし、恋愛パートナーを見つけようともしていない。金は儲けようとしているが、家や車など高級なものを手にするのが目的ではなく、金はただ“最高の1日”を過ごすためだけに必要なのだ。人生は大きく変えられなくても、大槻のように1日単位であれば、上手く編集することならできるかもしれない。槻は見事な編集能力の持ち主で、「いつ」「どこで」「誰と」「何をすれば」、気持ち良く過ごせるかを知り尽くしている。たとえば、仲間と公園で気持ちよく運動をして、シャワーで汗を流し、コンビニで買ったアイス(アイスボックスに三ツ矢サイダーを注いだやつ!)を食べて、定食屋で若者のように味付けの濃い飯をかっ食らう。それぞれはありきたりな事象でしかないが、組み合わせによって、“最高”が生まれている。別に何も成し遂げていないけども、これは紛れみなく最高の休日だ。現代はタイパだコスパだと、効率や生産性が重視され、何かを達成した休日が理想とされがちだけども、そういった価値観から少し距離を取り、ただただ気持ちよく過ごせるように“1日”を編集していく。これがおじさんが生き抜くヒントだ。


中年に差し掛かると、人生はそうは変わらない。大きな刺激もない。同じ日常が続いていく。であるから、今持っている日常の素材を並び替え、新しい意味を見つけていく。大槻の休日のように、人生もまた編集していくことで、ミドルエイジクライシス(中年の危機)から脱却できるような気がするのだ。


もちろん、『ハンチョウ』という漫画の魅力は他にもたくさんある。個人的に強く印象に残っているのは、”30歳を超えた大人の拗ね”の本質をえぐった32話や92話、「ブルボンドラフト会議」(石和のエブリバーガー!)の42話、自由な焼き肉の食い方の58話、甘い物世界一選手権の61話、黒服の宮本の失恋回の63話、mixiの黒歴史を描いた72話あたり。ストーリーメイクが多彩かつ掘りが深い。「中年の幸福論」という枠に収めてしまうのはもったい気もしますね。