青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

シソンヌ『deux』


圧倒的な脚本力、と演技力。やはり誰もが言及せずにはいられないのが、チラシデザイン、プロジェクションを多用した美術や照明の充実。どれをとってもハイセンス。こういった所謂「お洒落」なコント公演を打ちたい芸人はたくさんいるのだろうけど、シソンヌはちょっとレベルが違う。ピアノハウスと共に流れるOP映像のクオリティの高さ、はたまた衣装のスーツのパンツの丈の長さとかそういう細部まで神経が行き届いている。「シソンヌはなんでよしもとにいるのだろう?」と言う声が多く聞こえる。確かに、この美意識の高さ(コンビ名も公演タイトルもバレエ用語だ)は、人力舎、もっと言ってしまえばシティーボーイズラーメンズの系譜に置きたくなるものがある。しかし、よしもと興業所属なのである。東京NSCの11期。同期は小粒な印象だが、オリエンタルラジオ、はんにゃ、フルーツポンチら10期の下で、渡辺直美ジャングルポケットら12期の上。この出自の居心地の悪さも、なんだか魅力に繋がっているような気がしないでもない。


昨年の公演『une』は正直不満だった。シソンヌの持ち味である、日常に潜む狂気やコミュニケーションの摩擦といったものが、盛り込まれたファンタジー要素と非常に相性が悪いように思えたのだ。しかし、今作はファンタジー要素が排され、日常のシチュエーションに即したコントを全編で展開し、各コントが1本の公演として、有機的に機能していた。監修としてオークラが加わった事も大きいのだろうか。

オークラがブレーンを務めるバナナマン東京03のテイストにかなり近づいたような気がする。演劇畑からの大きな注目もやはり似ている。しかし、それでいてはっきりとしたシソンヌらしさも確立してみせている。OPは出産を間近に控えた夫婦のコント。そこから始める公演の中に、ギャンブルに溺れる老人がと臭いラーメンを作る店主のやり取りを滑稽に描いたコントがある。ラスト、店を出る老人が突如、車に轢かれて死ぬ。それに対して「バーカ」と吐き捨てる店主、そして暗転。続くコントでは、タクシーの運転手と失恋した乗客の、トレンディなやり取りを描き、ラスト、よそ見をしていた運転手が老人を轢く。何と言うか、この死生観、無常観だ。そして、もう1つ特徴的なのは、そのポリティカルな側面。インドカレー屋を舞台にしたコントでは、パキスタン国境付近生まれのインド人が「日本は駅前で喧嘩してたって、武器持ち出したりしない。平和でいいよぉ」といった台詞をさりげなくこぼし、それを伏線にして、EDで「集団的自衛権」について取り上げたコントを披露する。その取り上げ方もサラっと触れるわけではなく、1本かけてじっくりと「集団的自衛権」がどういうものなのかを説明するコント。そして、明言はされないが、はっきりとした安部政権への「NO」が突き付けられている。笑いはまぶしてあるものの、あきらかにお客の笑いの量は減っている。批判も少なからずあるだろう。個人的にもこの試みが「お笑いライブ」として成功しているかは、判断が難しい所だが、若いお客に向けてのシソンヌの責任のしょいこみ方、覚悟の決め方を否定したくはない。「集団的自衛権」のEDコントを観た後、OPが出産をテーマにしたコントだった事を思い返してみると、その1本の通った筋に感動さえ覚えた。無常観を掲げながらも、未来への希望をチッっとも諦めていない。じろう(作・演出を務めるシソンヌのブレーン)という男の死生観は実に不思議で魅力的だ。2015年1月には『une』『deux』に続く第3段公演『trois』も決定しているそうなので、見逃せません!