青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

シソンヌ『deux』


圧倒的だ。コントの土台である脚本と演技力は言わずもがな、プロジェクションを多用した美術、照明、音楽はたまたチラシデザインまで。細部の細部までぬかりがない。衣装のスーツのパンツの丈の長さにすら神経が行き届いているのではないかと推測される。


昨年の公演『une』は正直やや不満が残るものだった。ふんだんに盛り込まれたファンタジー要素が、シソンヌの持ち味である、「日常に潜む狂気やコミュニケーションの摩擦と」というシソンヌの持ち味と相性が悪いように思えたのだ。しかし、今作は狙いが絞られ、日常のシチュエーションに即したコントを全編で展開している。

更に、各コントが1つの公演として、有機的に機能している。監修としてオークラが加わった事も大きいのだろうか。
演劇畑からの大きな注目もやはり似ている。しかし、それでいてはっきりとしたシソンヌらしさも確立してみせている。OPは出産を間近に控えた夫婦のコント。そこから始まる公演の中に、ギャンブルに溺れる老人と臭ラーメン屋の店主のやり取りを滑稽に描いたコントがある。ラスト、店を出た老人は突如、車に轢かれて死んでしまう。それに対して「バーカ」と吐き捨てる店主、そして暗転。続くコントでは、タクシーの運転手と失恋した乗客のどこかトレンディなやり取りロマンティックに描くコント。しかし、ことらもラスト、よそ見をしていた運転手が老人を轢いてしまう。生と死がゴロリと横たわっている、この無常観がコント作家じろうの大きな資質だ。


シソンヌのコントでもう1つ特徴的なのは、そのポリティカルな側面。インドカレー屋を舞台にしたコントでは、パキスタン国境付近生まれのインド人が「日本は駅前で喧嘩してたって、武器持ち出したりしない。平和でいいよぉ」といった台詞をさりげなくこぼし、それを伏線にして、EDで「集団的自衛権」について取り上げたコントを披露する。その取り上げ方もサラっと触れるわけではなく、1本かけてじっくりと「集団的自衛権」がどういうものなのかを説明するコント。そして、明言はされないが、はっきりとした現政権への「NO」が突き付けられている。笑いはまぶしてあるものの、あきらかにお客の笑いの量は減っている。批判も少なからずあるだろう。この試みが「お笑いライブ」として成功しているかは、判断が難しい所だが、若いお客に向けてのシソンヌの責任のしょいこみ方、覚悟の決め方を否定したくはない。「集団的自衛権」のEDコントを観た後、OPが出産をテーマにしたコントだった事を思い返してみると、その1本の通った筋に感動さえ覚えた。無常観を掲げながらも、未来への希望をチッっとも諦めていない。じろうという男の死生観は実に不思議で魅力的だ。今後の大きな躍進が目に浮かぶようである。