
YouTubeチャンネル『Official令和ロマン【公式』】の「松井ケムリ、故郷に帰る。」が実に素晴らしい。あまりに気が早いのだけども、今年のベストYouTube動画の予感だ。26分ほどの動画なので、ぜひともチェックして頂きたい。
松井ケムリが「1人になりまして、自分を見つめ直すいい機会なんじゃないかということで」と地元である“たまプラーザ駅”周辺を巡る動画なのだけど、M-1グランプリ2連覇という偉業を成し遂げた矢先に相方の活動自粛、といったゴシップ的な要素はこの動画の魅力に少しも関わっていない。このタイミングで原点に立ち返り自分を見つめ直している、といった構成が素晴らしいわけでもない。では、なにがこの動画の魅力なのかということをここから書き連ねていく。
ケムリの歩調に合わせて、たまプラーザの“田園都市”としての風景が画面に映し出されていく。まずもって風景が鑑賞に堪えうる強度を持った美しさなのだ。何を隠そう、たまプラーザ駅の所在地は“美しが丘”である。「ここ今東進ハイスクールですけど、昔ペットショップでした」という言葉に象徴的だが、この動画ではその歩みと共に、記憶が泉のように沸き上がってくる。さすが、慶応義塾大学卒、なんたる記憶力!と称えたくなるのだが、もちろんケムリの記憶力も良いのだろうけど、そうではない。記憶は場所に残っている。だから、その場を訪れることで、内側から思い出していくというよりも、外部から“思い出させられる”という感覚なのだと思う。そこらへんは以前、『かまいたちの知らんけど』濱家が涙…スーパー・イズミヤへ最後の挨拶』で書いており、重複してしまうので割愛。
歩みとともに、ケムリの思い出語りが止まらない。夏休みの夕涼み会、小学生と遊ぶおじさん城田くん、ピロティと呼ばれる広場、塾の壁紙を破って塾長に怒られたこと、早朝の中庭の噴水にゲンゴロウがいたこと、クマ蜂が来ちゃう校庭の藤棚、スケボーで大怪我した坂、ランドセルに引っかけた給食係の白衣の袋を落としたこと、それを目撃していたのに教室についてから指摘してくる意地悪な同級生の女子、建付けの甘い溝端を踏んだ時の音、遊戯王カードが落ちてしまうベンチの隙間、上級生たちの綺麗な泥だんごを作るノリ、それに参加させてもらえなかったこと、コンクリの塊を打って管だけ散った木材バット、美味しくはないけど飲んでしまう公園の水、ベイブレードを強奪されて号泣していた同級生、交尾をしてウロボロスのように繋がっていたトカゲ、ipod touchで聞いたMr.Childrenの「終わりなき旅」と伊集院光のポッドキャスト、『軍鶏』全巻を立ち読みしたブックオフ・・・当時から、溝蓋に挟まっているなと思っていた木材が、今もなお挟まっていたシーンはなぜか感動的ですらある。エピソードだけを聞けば、どこにでもありふれているような平凡なものであるが、“取るに足らないもの”とされるがゆえに、意外と誰も語らない領域だ。しかし、この動画を観た者なら誰しも納得するであろうが、そういった語られることのない生活の細部にこそ、生命の躍動のようなものが、確かにある。これらのエピソードは松井ケムリという人間の“個“そのものであるし、その豊かさは彼の人間として”厚み“そのもののように感じる。たまプラーザの風景の豊かさが、松井ケムリという人間の豊さとイコールで結ばれているような気がする。川や鳥の名前をあんなにもスラスラと諳んじられる青年が、今この国にどれほどいようか。
こんなのどかな場所で育ったんだから
のどかでいた方がいいような気がするな
と夕陽に照らされるケムリは美しい。
そして、ハイライトは間違いなく、
今日こういうとこ行ったよって
親に言おう
育ちの良さを超えて、人が良い。素敵だと思った出来事は誰かと分かち合わなきゃね。