青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『大豆田とわ子と三人の元夫』2話

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『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマは、ロケーション・インテリア・衣装・音楽・カメラワーク・・・どの要素をとっても、徹底してオシャレな質感に包まれている。画面だけ見れば、さながらトレンディードラマのようなリッチさであるのだけど、描かれているのは、シャワーヘッドに頭をぶつけてしまう、うどんの丼にイヤフォンを落とす、ソファーにカフェオレを零してしまう、些細な誤解でパトカー連行されてしまう・・・といったように実に卑小な人間の営みだ。これまでの坂元裕二作品の登場人物と同様に、”社会の理“のようなものからはみ出してしまう人々の魂は健在のようだ。今話の主役である中村慎森(岡田将生)の理屈っぽく捻くれて、憎まれ口ばかり叩くそのありようは、まさに坂元裕二の描いてきたキャラクターの典型と言えよう。特に、携帯で動物の画像を眺める所作などからも、『最高の離婚』(2013)の主人公である濱崎光夫(瑛太)の魂の転生を思わずにはいられない。光夫が発した

ちゃんとできないんです
色んなことが・・・ちゃんとできないんです


最高の離婚』4話

という小さな叫びが、彼らの生き辛さを象徴している。慎森もまた弁護士という勝ち組人生のようでいて、あらゆることがちゃんとできない。欠落を抱える人だ。
人を幸せにしたら自分も幸せになれることは知っています

洗濯機でご飯が炊けますか?
洗濯機で髪が乾かせますか?
人間にもそれぞれ機能がある
ボクには人を幸せにする機能は備わっていません

子どもの頃からイベントが嫌いだった
みんなが楽しんでいるものに居場所がなかった
あいつら、何はしゃいでるんだって、隅で悪態ついてた

そんな慎森のこんがらがった魂を解きほぐしてれるのが大豆田とわ子(松たか子)という存在であった。人前で携帯を手にかざして「どーもどーも、お世話になっております」と大声で通話する人間への軽蔑を分かち合えてしまうこと。好きなものが一緒であるカップルを描いたのが『花束みたいな恋をした』(2021)であったのなら、大豆田とわ子と慎森は、”嫌いなもの“で結びあったカップルだ。

慎森「犬派ですか?猫派ですか?って聞かれるより嫌い!」
とわ子「紙でピッて手切れるより嫌い!」
慎森「お休みの日は何してるんですか?って聞かれるより嫌い!」
とわ子「ビュッフェのカレーのお玉の持つとこにカレーついてるのより嫌い!」
慎森「椅子に座ってから券売機で食券買ってくださいって言われるのより嫌い!」
とわ子「戦争より嫌い!」

というように、お互いがどれくらい嫌いかを並べ合う時こそ、なにより息がピッタリと合ってしまう。大豆田とわ子は慎森に「この人と出会えたオレ、世界一幸せだ!って思える瞬間があった」とまで言わせる存在だ。その瞬間はおそらく、オレンジのソファーに座っていたあの時間。

いいんだよ
はみ出したって
嫌なものは嫌って言っとかないと
好きな人に見つけてもらえなくなる

という大豆田とわ子からの“赦し”をもらえた瞬間を指すのだろう*1。人のダメなところをおもしろがり繋がっていく。はみ出しと欠落を肯定するその筆致は、『カルテット』(2016)から地続き、おしりを出した子 一等賞なのである(にんげんっていいな)。

みんなおもしろい
みんなのおもしろいところを
みんなでおもしろがって
欠点で繋がってるの
ダメだねーダメだねーって言い合ってて


『カルテット』6話



慎森が食べる犬用の最高級缶詰(ビーフ&チキン)、慎森が愛でるパンダ(白と黒)というように今話を支えるモチーフが、“混ざり合う”であることが冒頭で示唆される。それゆえに画面上には“溶ける”や“混ざる”や“繋がる”といったイメージが溢れている。お風呂の入浴剤、大豆田とわ子が購入する身体が溶けるソファー、バスケットボールのパス、見つめ合う恋の6秒ルール、チーズフォンデュ、恋人繋ぎ、溶き卵(すき焼き専用卵)、ゼロ距離での充電完了、モルック・・・これらは「人は誰かと出会い、混ざり合うことで変わっていく」という物語の結論を支えているのだ。人は誰かに影響されることで、簡単に変われる。カフェでたまたま居合わせた高校生の女の子の勉強風景が、大豆田とわ子に社長を引き受けることを決断させたように。慎森もまた今話において大きく変わっていく。慎森お得意の「〜っているかな?」という嫌味は、今話においてはすべてが反転していくことに気づくだろう。「お土産っているかな?」→今年115歳になる巨匠の作った醤油を持参、「スポーツっているかな?」→ストリートでバスケットボールに励む、「挨拶っているかな?」→こんばんわすき焼き、おはようございます、「人間って走る必要あるかな?」→連行された大豆田とわ子を助けるためのダッシュ、「いちいち離婚した、って言う必要あるかな?」→警察署での「大豆田とわ子の離婚した元夫です」、そして、結婚時代に言えなかった「がんばっているね」の一言を大豆田とわ子にかけることに成功する。慎森は変わっていく。「人を幸せにする機能は備わっていない」はずの慎森に、かつて幸せを与えてくれた大豆田とわ子が混ざり合い、不当解雇に喘ぐ女性を救う正義の弁護士として動き出すのだ。

君は昔も今も頑張っていて
いつもキラキラ輝いてる
ずっと眩しいよ

別れたけどさ、今でも一緒に生きてると思ってるよ

大豆田とわ子と中村慎森の結婚は終わった。失くした時間は取り戻せないし、捨てたものは帰ってはこない。しかし、かつてすべてをわかり合えるような人がいたという決して消えることのない記憶はずっと輝き続け、今を生きる“わたし”に溶け合っているのだ。

*1:ちなみに、『最高の離婚』においては、光夫はこんな風にして、その歪さを結夏(尾野真千子)に赦され、そして別れる。「光生さんは一人が向いてる。 ・・・ほら、逆ウサギだよ。 さみしくないと死んじゃうの。 バカにしてんじゃないよ。 光生さんの、そういう光生さんのところ、好きだし、面白いと思うし。 そのままでいいの。 無理して合わせたら駄目なんだよ。 合わせたら死んでいくもん。 私があなたの中の好きだったところがだんだん死んでいくもん。 そしたら、きっといつか私たち駄目になる。」