青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

『オードリーのオールナイトニッポン10周年全国ツアー in 日本武道館』

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たまらなく不安な夜には、いつもラジオが流れていた。ラジオはわたしたちの夜に忍びこむ。「さびしいのはおまえだけじゃない」と。武道館とライブビューイング会場に駆けつけたのは2万2千人のリトルトゥース。その1人1人にオードリーとの"夜"があるのだと想うと、それだけで胸は一杯になってしまう。しかし、そんな感傷に簡単には浸らせてはくれないのがオードリーだ。武道館という大舞台であろうと、特別なことはしない。「内輪ウケを全力でやりにきてます」と、いつも通りの"夜"を展開させるのだ。そんな照れ方こそが、オードリーなりのリスナーへの信頼で、愛情のように想える。



「早速だけど苦情言っていい?」と始まった最初のフリートークは、若林と春日の父親のイラストがプリントされた特注パーカーについて。カメラに映し出される白いパーカー、若林の父の頭上には"輪っか"が乗っている。「俺の親父が3年前に隠れたんだけどね」という番組の恒例のやりとりが、このライブにおいても導線になっている。若林のトークゾーンでは、父の納骨場所で揉める家族問題を解決に導くため、青森でのイタコ巡りの旅道中を展開。一方、春日は『FRIDAY』で報道されたことをきっかけに、狙っている女との関係がグッと進展し、両家の顔合わせまで行ったことを報告。更に「ヒロシのコーナー」ではその狙ってる女であるところのKさんがサプライズで登場した。このライブに通底しているテーマは、ずばり"家族"だ。であるから、バーモント秀樹、ビトたけし、松本明子、梅沢富美男といったゲストによる盛り上げもさることながら、やはりこのライブの白眉はラストの30分漫才と言えるだろう。この10年のオードリー史をさらいながら、最終的に春日をイタコとして若林の父の魂を呼び寄せるというフリーキーでバカバカしい漫才は、徐々にまるでレクイエムのようなエモーションをまとっていく。春日の肉体に親父の魂を入れて会話がしたいと言う若林。
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↑のエントリーでは、旅先で繰り広げる若林と父の脳内対話が、漫才における春日の口調と相似していることから、「”オードリー春日”というキャラクターは、若林の父を体現したものなのではないだろうか?」という妄想を展開したわけだが、その推測が美しく補完されていく。やはり、若林のファーザーコンプレックスは、春日コンプレックスと同義なのである。春日の肉体に、自身と父の魂を入れて親子水入らずで会話したいという若林の発想の強烈さこそが、オードリーの漫才の根幹に想えて仕方がない。

隣のキューバ人の家族の旦那がビニール袋一杯に海水を溜め込んで、嫁と子供にバレないように背後から近づいている。ピッタリと近づくと一気にビニール袋を頭の上でひっくり返し、ザザーっと海水をかぶる嫁と子供。家族は悲鳴を上げて爆笑している。しょうもないなー、と呆れながら目をつむる。でも、そんなことがやっぱり楽しいんだよなと納得させられて幸せな気分になる。家族って楽しいんだろうな。

というように、"家族"という関係性に強く惹かれながらも恋人と破局した若林。そして、もしかしたら本当の"父"になるかもしれない春日。『オードリーのオールナイトニッポン』が放送された10年は、ひたすらに自意識と葛藤していた青春が夕暮れを迎え、おじさんとして家族や社会と向き合っていくドキュメントでもあった。青春のその先へ、魂を放り投げよう。未来はいつも100%楽しいから。ライブ終演後のわたし(そして、わたしたち)は、とても静かに、高揚していた。