中園ミホ『トットてれび』4話
4話を数え、脚本の密度も高まってきており、文句なしの仕上がり。ラストにおける満島ひかりとチャップリンに扮した三浦大地*1とのFolderのプチ再結成には興奮を抑えられまい。そして、やはり満島ひかりの演技の充実。今話におけるトットちゃんは30代後半の女性という、彼女がこれまで演じてきた事のない役柄。人生の進路の決断を迫られる複雑な心境を、何気ない身体の在り方(例えば「ソファーに横になる」という仕草ひとつにしても)でもって、繊細に演じ切っている。「枠に収まり切らず漏れてくる言葉」とでも呼ぼうか、あの黒柳徹子特有の”ヴォイス”の発話は、回を追うごとにより完璧に再現されていくようだ。
カラーテレビの普及により、トットちゃんの仕事は山のように増える。と、同時に仕事での拘束時間も増加、徐々に彼女は息苦しさを覚えるようになった。そこに飛び込んできたのが篠山紀信(青木崇高)からのヌード撮影の依頼。
自分らしく、自分らしく
自分の内面を見る。ゆっくりのぞいてって
という篠山の(撮影時)呼びかけが、彼女に決断を促す。また、女優と家庭を両立させる沢村貞子(岸田加世子)のレシピノートや向田邦子(ミムラ)が執筆の合間に料理をする姿(テーブルには沢庵)、こういった近しい人々の”生活者”としての挿話を効かせながら、トットちゃんの「ニューヨーク行き」をスムーズに誘導する。
テレビ女優になって15年
ここら辺で一度汽車がレールから外れて引き込み線へ入ったような時間を持ちたかった
トットちゃんはテレビの仕事をしばらく休む事に決めた
2010年の宇多田ヒカルの”人間活動宣言”から遡ること40年も前に黒柳徹子は同様の試みを行っていたのだ。
私は毎朝インスタントじゃないコーヒーを飲んで昼間は公園でぼんやり過ごすっていう生活を初めて経験しています
この街で普通の人と同じように笑ったり泣いたり怒ったりしながら自分の人生をきちんと作っていこうと思います
個人的なお気に入りは、ニューヨークでトットちゃんが裸(のTシャツ姿)になり、料理をするシーン。日本での篠山紀信や沢村貞子や向田邦子とのエピソードが見事に、転化している。
そして面白いのは、活動休止前の最後の仕事『繭子ひとり』での田口ケイというキャラクター。モデルにしたのは、トットちゃんが疎開先で出会い、親切にしてくれた老人達。「今の自分がいるのはあの人達のおかげ」という人物を演じた事は、彼女が”自分らしさ”を再獲得する契機となったはずだ。ニューヨーク行きの為、番組を途中降板した後も、「田口ケイさんに会いたい」という視聴者の声が大きすぎるあまり、「ニューヨークにいる田口ケイ」として出演する事になる。黒柳徹子と演じる田口ケイが融解する瞬間だ。言うまでもない事だが、満島ひかりは、「2つの人格が融解する瞬間を演じる女優」、を演じているわけで、実に複雑なメタ性が要求されている。
さて、今話においてとりわけ印象的なのが、トットちゃんが口にする「グッドバイ」という別れの言葉だ。ニューヨークという土地が彼女に英語を口走らせるのかもしれないが、どうしてもこれが愛する死者へのはなむけの言葉に聞こえるのだ。黒柳徹子が82歳も現役第一線、ましてや画面には100歳の黒柳徹子が登場している始末であるから忘れてしまいそうになるのだが、今作のメインキャラクターである向田邦子も森繁久彌も渥美清も沢村貞子も坂本九もクレージーキャッツも(そしておそらく伊集院ディレクターも中華飯店の王さんも)、みんなこの世から居なくなってしまった人達だ。母のように慕う沢村貞子、向田邦子との濃密な友情の日々、渥美清の秘めたる恋心(のようなもの)、にカメラがグッとクローズアップし始めた事で”レクイエム”としての今作の在り方がより浮き彫りになってきた。2話での泰明ちゃんの挿話を思い出すまでもなく、トットちゃんにとって”テレビ”とは遠い場所に届く魔法の箱だ。だから当然、この『トットてれび』での「グッドバイ」もかつての共に届くと信じているはず。劇中で送った、宛先が不完全であろうとも届く遠い所からの手紙のように。
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*1:現在は大知