青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ナンシー・マイヤーズ『マイ・インターン』

f:id:hiko1985:20151022150952j:plain
マイ・インターン』という映画を観た。文句なしに今年度ベスト級の良さ。監督・脚本のナンシー・マイヤーズは『ハート・オブ・ウーマン』『恋愛適齢期』などのヒットでお馴染みのロマンティックコメディの名手。そこに加えて、主演がアン・ハサウェイロバート・デ・ニーロという事で、良質さは確約されているわけですが、期待を上回る素晴らしさだった。「70歳の老人が第2の人生を始めるべく、インターンとしてベンチャーのネットアパレル会社に勤め、40歳年下の女性上司とうんちゃらかんちゃら」というあらすじで、その老人をロバート・デ・ニーロが演じるとなれば、『ミート・ザ・ペアレンツ』

ミート・ザ・ペアレンツ [DVD]

ミート・ザ・ペアレンツ [DVD]

で演じたような強面の頑固親父が最新テクノロジーや若者文化とのギャップに苛立ちながらも、なんやかんやで相互理解してめでたし、みたいなおそろしく凡庸なあらすじを想い浮かべてしまうかもしれない。おそらくそれでもそれなりに面白い映画は作れてしまうわけですが、この『マイ・インターン』はそういった予想をヒラリと裏切る。若者は老人をバカにしないし、老人も若者にあきれない。これは『プラダを着た悪魔』ではありませんよ、という宣言のようにも思える。そういった衝突を描けば、目を引く物語の山場は簡単に作れるのかもしれない。しかし、そんなものに頼らずとも、面白い映画は撮れるのだ、というベテラン作家(ナンシー・マイヤーズも御年65歳である)の凄味を感じさせてくれる作劇術が散りばめられている。いやはや、今作、本当に面白いのである。


少し例を挙げていこう。ジュールズ(アン・ハサウェイ)が会議中につまんでいた寿司の醤油をイヴ・サンローラン上着につけてしまう。そのシミ抜きが、元クリーニング屋というわけでもないベン(ロバート・デ・二ーロ)にとっての最初の仕事となる。何だかわからないが、ひたすらキャッチー。有無を言わせぬ力強さと個性を感じる展開と言えるのではないでしょうか。脱いだサンローランのジャケットをテーブルの上を滑らせてベンに渡すという画も面白い。また、ここでジュールズの「ジャケットを脱ぐ」という行為に、「CEOの就任を受け入れる=会社のリーダーである事から降りる」という意味合いを宿す手さばきも見事だ。更には、画面にポツリと登場しただけのその”寿司”が、劇中において印象的に登場する”サヨナラ”という日本語を召喚する。ベンとジュールズの間でおまじないのように交される別れ際の挨拶なのだが、劇中において何故突然”サヨナラ”という日本語が登場した理由は説明されない。おそらく、ジュールズがランチに寿司を食べている事に気付いたベンが、日本文化に関心があるだろうと推察して発した言葉なのだ。

何と言うか、目ざと過ぎる

これはジュールズがベンに対して最初に抱いた印象なのだが、まさに!という感じで、ベンは社内でも車内でもとにかく人々を盗み見るように注意深く観察するのだ。故に葬式での女友達の視線にもすぐに気付くし、ジュールズの夫の浮気現場も目撃してしまう。勿論、誰かの頑張りや才能にも気づいてあげられる。とにかく、ベンは「よく見る人」なのだ。それはある意味、「人は常に誰かに見られているのだ」という事でもあり、それは今作の”ファッション”というテーマとも結実する。
f:id:hiko1985:20151022150840j:plain
自転車で車内を移動するジュールズの姿も印象的だ。しかし、映画が進むにつれ、彼女がその1人乗りの自転車を使わなくなっている事に気づくだろう。代わりにベンの運転する車、そして飛行機、とより大きな乗り物に身をまかせ、その都度、ジュールズとベンの関係は親密さを深めていく。”親密さ”で言うならば、「ベッドに横たわりテレビを観る」という行為。ジュールズは夫と果たせなかったそれを旅先のホテルでベンと行う。本作における最高にロマンティックなシークエンスだ。恋愛感情を超越した男女の奇妙で強い結びつき、というのにはジョン・カーニーの『はじまりのうた』

を想起させられた。Eメールが常に物語を翻弄している点にも注目したい、また物語が動くと、必ず鐘(オフィスに鎮座する祝福の鐘、警報機、火災報知機)が鳴らされるという反復も独特な味わい。といった風に挙げていけばキリがないほどに、いくつもの豊かなプロットが物語を振動させている。


泣いている女性にハンカチを差し出す、友人への手助けのタイミング、もしくは状況に応じたネクタイの選び方でもいい。劇中の台詞にもある「正しい時に、正しい事をする」というベンの振る舞いが、「なるほど、これしかない!」というタイミングで的確に決まっていく心地よさ。物事が、「こうであればいい」という方向にすべからくスムーズに流れていく(それはまるで太極拳、もしくはマッサージを受けた血流のように!)。今作の素晴らしさはここに尽きるだろう。ベンの前職が電話帳印刷会社というのもいい。その前時代的な電話帳が整理していたのは、ほつれ絡み合い混線してしまうほどに複雑な電線だ。それは見事に”人生”のメタファーと成り得え、デ・二ーロはそれを整理する人なのだ。誰が観ても楽しめるハートフルコメディであり、映画的な快楽に満ちた傑作。オススメです。