山田太一『おやじの背中-よろしくな。息子-』
山田太一の独特の台詞廻しは現代の物語にまだまだ有効である。そして、東出昌大。彼の(おそらく下手なのだけど思うのだけど)よくわからない間と発話が、山田太一の台詞廻しと合わさって、何やら”天使”的なものを演出している。「いい人やり過ぎた」という台詞が印象的だ。すると、劇中でカーペンターズの「(They Long to Be) Close To You」がかかる。
あなたが生まれたその日は
天使たちが集まっていたのね
そして、決めたのでしょう
みんなの夢を実現させようって
祐介(東出昌大)は自転車で移動(=浮いている)人だ。45分というドラマの尺の中で3度も自転車での移動が映し出される。そして、歩くショットについて。189cmという長身の東出昌大は常に画面の奥に配置される。カメラが引かない限りは、足元が映らない。作中にウォークショットはいくつか存在するが、意図的かと思えてしまうほど、移動の際に椅子やソファーなどの障害物に足元が隠されている。この事によって祐介というキャラクターに独特の浮遊感が生まれ、”天使”の印象を強めているのだ。と、同時にこれはモラトリアム中の彼が”地に足がついていない”状態である事を示している。不思議なめぐりあい(劇中の言葉を借りるなら”神”のいたずら)で、出会った高村(渡辺謙)という男に、地を踏みしめるアイテムである“靴”作りの職人を継いでもらえないか、と持ちかけられるのも示唆的だろう。つまり、これは天使がしっかりと地面を踏みしめるまでの物語なのだ。靴作りの修行を始めた祐介のラストシーンでの登場では、カメラはしっかり引かれ、全身のウォークショットにて撮られている。
"託す"ことについての物語でもある。大スター渡辺謙が惜しげもなく半裸を2度さらす。ズボンの上にのっかる腹の肉が印象的だ。1度ならず、2度映されるわけだから、あの脂肪にはきっと意味があって、それは"積み重ねてきたもの"なのである。それを次に託す。しかし、素晴らしいのは、これは単なる世代交代の話ではない。高村は祐介に仕事を託し、祐介は高村に母(余貴美子)を託す。25歳の祐介が母を「ママ」と呼ぶ、あの違和感(祐介が口にするアイスクリームと牛乳)を伴った独特の響き。あの響きに積み重なったものを、祐介は高村に託す。
最後に。とても、好きな台詞のやり取りがある。新卒で入った会社を3年もたずして辞め、現在はコンビニでバイトしている祐介。
母:コンビニは、どうなの?
祐介:途中だよ。
母:何の?
祐介:人生に途中があったっていいでしょ?あの会社にいるよりずっといいよ。
母:それで済めばいいけど。
祐介:済むなんて言ってない。途中だって言ったの。
母:そうね。
<中略>
祐介:ねばって解決する値打ちはないんだよ。
母:どうして分かる?
祐介:分かるよ。辞めてよかった。辞めて自分を取り戻せたんだ。周りの顔色を見ないで自分の判断で口がきけたんだ。それがどんなにいい気持ちか分かったんだ。
母:途中なら…それもいいでしょ。
祐介:途中だよ。
母:うん。
この”途中である”という感覚。ドラマは限られた放送枠の中で、人生の一瞬を描く。しかし、”途中である”という事は、”これまで”もあって、”これから”もある。人生とか歴史の連綿性。生きるという事の確かな質感が、山田太一のドラマには流れている