青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

山田尚子『たまこラブストーリー』


大傑作。何度観ても瞳がうるんでしまう。この映画のファーストショットが捉えているのは宇宙空間である。地球、そしてそれに寄り添う月。2013年テレビ放送されていた『たまこまーけっと』は商店街を舞台にした物語であったはずだ。いくら劇場版とは言え、いささか不釣り合いな導入に戸惑っていると、店番をするもち蔵のショットへ移る。もち蔵が机の上で弄ぶリンゴが落っこちる。恋に落ちる、というイメージと共に、それがリンゴであるが故に思い出されるのはニュートンで、つまり「引力」である。地球、月、引力。この一連の冒頭のシークエンスに、どうやらこの映画には、他愛のない恋物語を宇宙空間と接続させてしまおうという試みが隠されているのではないかと気づかされる。その通り、作中ではりんご、お尻、おっぱい、広がるスカート、丸石、大福餅、といった円形のイメージを丁寧に積み重ね、地球と月という球体に昇華させていく。


道を挟んだ向かい合わせの家に育った幼馴染の北白川たまこと大路もち蔵。2人は一定の距離感を保ちながら、付かず離れず育ってきた。その関係性こそが、地球(=たまこ)と月(=もち蔵)になぞられる。ドラマの合間、合間にカメラは上昇し夜空を捉え、そこには星々、そしてひと際大きく輝く月がある。序盤は月から地球への「視線」の物語だ。ハンディカメラを向ける、パソコンで撮影した動画を眺める、などもち蔵は劇中において「見つめる人」として描かれている。しかし、常盤みどりからの

めっっっちゃ見てるよねたまこのこと!でも、見てるだけだね

という言葉を契機に、見るだけの関係にくぎりをつけ、告白に踏み切る事となる。たまことのもち蔵の関係性が変わる。山田尚子は前作の劇場版『映画けいおん!

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においても執拗に「循環」を描き続けてきた作家だ。その「日常系」とも評される、ぬるい箱庭の中でのグルグルとした循環の環(近作においてはバトンの回転やもち蔵の部屋の機関車のレール、A面がかかり続けていた豆大のカセットテープなどのイメージに託されている)がついぞ破られた。すると月には雲がかかり、雨が降る。たまこの部屋の向かいに位置するもち蔵の部屋の窓にはカーテンが閉められる。「月」の視線の遮断である。たまこはその遮断で逆説的に、これまでいかにその視線に守られてきたかを確認していく。物語は中盤、たまこがもち蔵を「盗み見る」ドラマへと転化していく。

「盗み見る」という運動が、現代的なギャグ、そして小津安二郎時代(伴映の『南の島のデラちゃん』のOPは松竹パロディで始まる)の邦画を彷彿とさせる良質な演出とが入り混じった、絶妙なハイブリット画面を展開していくのがたまらない。更にたまこは、幼い頃は苦手だった餅を好きになるきっかけとなった「喋るお餅」、その正体さえも、もち蔵であった事を思い出す。たまこの好意の対象であった「餅」とイコールで結ばれる対象がひな子(母親)からもち蔵に書き換えられる。


たまこが夜空を見上げる。無数に星はきらめいているが、どうしたって孤独なその広大な宇宙で、絶対的な存在として見つめてくれていた月(もち蔵)に、彼女が気付くシークエンスが感動的だ。「見つめる人」を辞退したもち蔵は、物語上の軸であるバトン部の大会すら目撃しない。この大会でたまこ達が披露する演技の楽曲は「上を向いて歩こう」であり、先ほどのたまこの「夜空を見上げる」という運動と同調する。更に、上を向いて「歩こう」というわけだから、循環(たまこのもち蔵の関係性、青春期、そして『たまこマーケット』という作品そのもの)から一歩踏み出す事を示唆している。終盤、「バトンをキャッチする」「糸電話を対岸で受け取る」というシンプルな比喩で2人の気持ちの交換を見せていくと共に、画面上には、舞い上がる風船とタンポポ、そして牧野カンナの木登りなどといった上昇の運動が展開されていき、「上を向いて歩こう」を盛り上げていくのだ。その極めて緻密な画面構成が故に*1、ありふれた「だいすき」の告白に私たちは涙するのである。


とまぁ、書き連ねてみたものの、この『たまこラブストーリー』の素晴らしさはこういった作品構造の妙だけではない。人々の心を掴む映像の美しさ(カメラのフォーカスと光の表現の素晴らしさときたら)、誰しもが好感を覚えるであろうラブストーリーとしての脚本、そして魅力的なキャラクター造詣と演出の数々、そういった豊かな細部に支えられている。いや、むしろその素晴らしさがメインだ。アニメファン、映画ファンのみならず、強く訴えかけるであろう大傑作。オススメであります。

*1:その構成に気づいていようといまいと無意識的に