青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『最高の離婚Special2014』


蛇足にしかならないのではないか、という不安のあるスペシャル放送をここまで仕上げてくる坂元裕二の仕事ぶり。心酔は更に深まった。『最高の離婚』というのはこんなにも豊かな会話劇に支えられたドラマだったのだな、と改めて痛感する。「サンドネシタ(三度寝した)?メキシコの地名かと思いました」だの「アベンジャーズして」だの「ヤング宮崎駿」だの「チューチュートレイン」だの、小ネタもキレキレで、脚本家の今作への想い入れを存分に感じ取りました。


本放送の最終話、光生(瑛太)と結夏(尾野真千子)は電車に乗り込み、対岸関係にある座席に腰を下ろした。

これは「永遠にすれ違う事を覚悟しながらも、同じ箱に乗って進む」という美しい選択であったわけだけども、今回のスペシャルにおいてもやはり2人は致命的にすれ違って行く。そして、当然のようにその山場はやはり列車(カシオペア号)にて執り行わるわけだ。その電車の中での会話においても、光生と結夏の関係性を評して「パラレルワールド」という言葉が飛び出したり、光生の手紙の中にも「一人ずつ二人で生きていたこと」と記されていたり、「すれ違いながらも同じ方向へ進む」という『最高の離婚』という物語のベクトルは健在だ。


凄いのは、脚本に記されている事象が全て有機的に絡み合っている点だ。「子どもをめぐる夫婦の喧嘩」から始まり→「少年(子ども)野球のコーチ(←野球は1話における灯里との再会の契機)」→その報酬としての「商店街の福引券」→ゲットした「ボールペン」。そして、そのペンは「婚姻届」「結夏の背中掻き」「手紙」とあらゆる運動の起点となり最後まで物語をけん引する。もしくは「レースクイーンのような傘」もまた同様だ。複雑に絡み合う人生の難しさ、またそれ故の面白さが見事に表現された脚本構成である。


更に凄いぞ、と唸ってしまったのは、前述の光生の手紙である。

川沿いの道を今日も歩きます。


不思議と一人になった気がしません。まだまだ僕は毎日を君の記憶と共に暮らしています。君と結婚して知ったことがあります。洗面台に並んだ歯ブラシ。ベッドの中でぶつかる足。いつの間にか消えてる冷蔵庫のプリン。恋がいつしか日常に変わること。日常が喜びに変わること。もう一人の父親、もう一人の母親。もう一つの故郷。故郷から届くみかん箱の中の白菜。日常が奏でる音楽。日常を伝え合うことの物語。ここにはまだそれが転がっています。部屋の隅に、電球の裏に、カーテンの隙間にくっついたまま、僕は今も、毎日のように過去から訪れる君の愛情を受け取っています。


川沿いの道を今日も歩きます。


一人ずつ二人で生きていたこと。僕の中に住んでいる君。君の中に迷い込んだ僕。不思議と一人になった気がしません。いつかまた そう思うことの愚かさを思いながら、それでも思います。夜中の散歩をして、じゃんけんして、食べて笑って手をつないで、焼き芋ほおばりながらまた同じことを話すんです。僕たち一緒にいると楽しいよね? 一緒に年を取りませんか? 結婚してくれませんか? 2014年2月8日 目黒川沿いの古いマンションで二匹の猫と共に春の訪れを待っています。

気絶するかと思いましたね。これはもう言葉、それが読まれる発声、リズム、そのどれをとっても小沢健二そのものである。

幸せなときは 不思議な力に守られてるとは気づかずに 
けど もう一回と願うならば それは複雑なあやとりのようで

ブドウを食べたり キムチラーメンを探して夜遅く出かけた

という名ラインを有するあの「恋しくて」を数倍濃厚にしたかのような筆致ではないか。「天使たちのシーン」よろしく赤い風船が飛び立ち、「春にして君を想う」である。更には「日常が奏でる音楽」といった言葉まで飛び出す。言ってしまえば、これは"彼方"からの手紙なのである。


手紙は必ず宛先に届く。そんなラカン的命題に取り憑かれたかのように、坂元作品においてはこれまで何度も手紙が登場し、そしてそれらは投函されずに、相手に届いた。今回の『最高の離婚Special2014』であれば、光生が手紙の投函をためらった後に挿入された演出に注目したい。結夏と子ども(おそらく甥っ子)とがキャッチボールをしている。子どもから結夏へ、そして結夏がボールを放つと、再び画面は光生のウォークショットに戻り、そして驚くべき事に彼の元にもボールが届く。それは散歩中の赤ん坊が落とした遊具であったわけだけども、間違いなく光生と結夏は"子ども"を介してのキャッチボールに成功しており、これは手紙が届いた事を意味するはずなのだ。結夏の妊娠を匂わせるカットとも読めるだろう。また、このボールのイメージは、結夏が引越しの際も、ましてやキャンプに行く際すらも共に跳ねていたあのバランスボールにも重ねられている。


もし、『最高の離婚』というドラマが今作で終わるのであれば、従来の坂元作品のメソッドに沿えば、手紙は出されないまま締めら括られるはずである。しかし、ラストに思い改めた光生が手紙をしっかりとポストに投函する。これは間違いなく続編の示唆考えていいだろう。タイトルに添えられた「2014」という記号にも、今後作品を積み重ねていこうというフジテレビの野心が伺える。『最高の離婚』はとうとう現れた『北の国から』スタイルを受け継ぐ事のできるテレビドラマである。我々は光生と共に歳を重ね、成長できるのかもしれない。