青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

水木しげる『コミック昭和史』

コミック昭和史 (第1巻) 関東大震災~満州事変

コミック昭和史 (第1巻) 関東大震災~満州事変

昭和史と水木しげる史が同時進行で交互に語られていくわけだが、その2つは奇妙なほどにリンクしながら、傷つき、そして、再生されていく。水木しげるは時代に飲まれたのか、はたまた飲み込んだのか。まぁどちらにせよ昭和史、自分史を語り終えた水木しげるが残す言葉の力強さよ。

「人生の夕日」これがまた意外にいいもんなんだヨ
若いときは成功しようとかなんとか欲があるが
すべてが過ぎ去って年をとり自分が決まって欲がなくなるというのか
今まで気づかなかったいろいろなものが見えてくるのだよ
人生とか いや さまざなことが 今までにない姿で見えてくるのだヨ
若い時のようにくうだらぬ邪心が消えているというのか 正に人生は六十からだよ
いや、なってみて こんなすばらしい夕日だとは知らなかったナ



『コミック昭和史』における白眉は間違いなく4〜5巻にかけての「ミッドウェー海戦」「ガダルカナル島の戦い」「レイテ沖海戦」周辺を描いた戦記だろう。

「昭和史」というとぼくはいつも戦争を思い出してしまう
軍国主義こそ日本を巻き込んだ大きな不幸だった
…みんな腹すかして死んだ…

という言葉を水木しげるは残しているが、"恨み"なのか"怒り"なのか、その筆致は異様な熱量がほとばしっている。水木自身の戦地体験を交互に挟み、戦争をマクロにミクロに切り取り、無数の死体を積み上げながらも、ペーソスのみならずユーモアを交えて描く様は圧巻だ。また、面白いのが6巻に収録されている「森の人」を始めとした原地人との交流を描いた章で、戦地の中におけるチルアウトというか、どうにも異様なタイム感が何とも言えない読後感をもたらす。何よりも感嘆するのは、水木しげるの生命力、人間力であって、だからこそこの『コミック昭和史』はどんな「昭和史」よりも面白い。



今、最も読む必要性があるのは第1巻だ。

昭和史は関東大震災から始まり、その後の金融恐慌への対策として田中義一内閣による"積極的な政治"が行われる。つまりは、財政膨張による景気刺激策で、生産は上向き沈滞していた市場も賑わうが、抜本的政策ではなかったため、その矛盾が貿易の為替相場の下落となってあらわれた。そして、その"積極的な政治"の矛先は社会主義運動弾圧に向かう。国民の言論、思想の自由を奪う治安維持法が制定され、一気に軍国主義へと傾倒していく

この一連の流れは、現政権の方向性そのものではないか。今は"もはや戦前"なのだろうか。同じ過ちを繰り返さない為にも、私達は過去から学ばねばならない。その入門編としてはうってつけの1作ではないだろうか。最後に最終巻に記されていた水木しげる大先生の言葉を引用したい。

「未来」は遠慮がちにやってきて「現実」は瞬間に去る
「過去」はそれこそコンクリートのように固まる
…という言葉があるが「過去」のことは手にとるようにわかる
あの時ああしておけばよかったとか
こうしておればよかったとか非常によくわかる
この「歴史」という過去も また「昭和」というきわめて近い「過去」も
かつては瞬間に過ぎ去った「現実」だった
その時の現実の判断をあやまると
我々が体験したような不幸が「未来」にまたやってくる
そこにはもう幸福なんかない