青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ハイバイ『月光のつつしみ』


ハイバイ主催の岩井秀人が口語演劇に目覚めたきっかけである岩松了の戯曲の再演だという。出演はハイバイの面々に加えて能島瑞穂(青年団)と松井周(サンプル)。この2人の役が、何と岩松版では桃井かおり竹中直人だったというではありませんか。驚き。能島が演じる直子という役は戯曲の印象からすれば、桃井かおりでないとするならば、例えば森下愛子に演じさせてたくなるような色気は孕んだネジの外れ方をした女性なのだ。そこを比較的地味目な能島に置き換えた時点で、岩井版『月光のつつしみ』のオリジナリティは約束されたように思う。わかりやすい「性」の匂いが隠蔽された分、その背後に蠢くものの歪さが恐ろしく感じた。向田邦子で言う所の「阿修羅」のようなものが。


ハイバイならではのポップな演出も見受けられたけども、今までの作品に比べるとチェーホフ平田オリザなどを想起させる硬派なものだった。しかし、これがハイバイの演劇の起源、というのも深く頷ける。誰もがそれぞれの正しさを懸命に振りかざしているが故に生まれる亀裂が物語に昇華されている点だ。劇中にも何度か登場する「一方通行」という言葉通りに、双方向に理解されず、捻じれ歪な様相を見せていく登場人物の行動。それを象徴するように、田中正二(坂口辰平)から直子(能島瑞穂)へ送られたプレゼントは、若葉(上田遥)へと流れ、また牧子(永井若菜)へと流れていく。ひたすらに一方通行。雪の降る家屋での密室的な窮屈な物語が、突如として宇宙へ飛ぶ瞬間がる。登場人物の行動が、地球や月や太陽の「公転」になぞらえられるのだ。それぞれの勝手に見える回転が、実は別の誰かの回転に沿ったものではないか、という示唆だ。また、あの子供の頃に感じた、月からの逃れられなさも想わせる。こういうのがとてもスリリングだと思う。演劇の醍醐味ではないだろうか。