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『キングオブコント2020』空気階段の描く“恋と退屈”

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キングオブコント2020』を終え、そのままTBSラジオ空気階段の踊り場』の収録に臨んだ空気階段の2人。「いつもひとりぼっちだけども、ラジオを聞いて孤独を慰めた」というリスナーからの感謝のメールに鈴木もぐらが感極まり、お得意の口上から銀杏BOYZ「エンジェルベイビー」を流す。

どうして僕 いつもひとりなんだろ
ここじゃないどこかへ行きたかった

Hello my friend
君と僕は一生の友達さ

そして、リスナー達に「お前たちひとりじゃないぜぇ」とメッセージを送る鈴木もぐら。人間の愚かさ醜さを笑い飛ばす空気階段、そののルーザー達に向ける眼差しの真摯さにいつも胸を撃たれてしまう。


彼らが『キングオブコント2020』で披露した2本目のコントの登場人物は夜間の定時制の生徒たちだった。昼は働きながら学び、歩けば職務質問されるという彼らの人生は決してイージーなものではないのだろう。そんな社会との風通しの悪さを体現するかのように、ハルト(鈴木もぐら)の放つ言語はまるでノイズのようで、ほとんど聞き取ることができない。しかし、アオイ(水川かたまり)はそのノイズのような響きをはっきりと聞き取ってしまう*1。それが“当然のこと”のように劇中で処理されてしまう違和感が笑いを生み出すという、ねじれた構造のコントなのだ。しかも、それらは会話ではなく手紙で交わされるというのだから、一筋縄ではない。空気階段はズレから生じる摩擦こそがエモーショナルを巻き起こすということを知っている。そして、それは社会から少しだけズレてしまったコント内のキャラクターへの祝福でもある。しかし、伝えたいメッセージは至極ストレートだ。水川かたまりがコントを終えて言ったように、“恋の尊さ”である。

忙しくて大変だけど、今は毎日が楽しい
それは恋をしているから

「時に人生は厳しいけど 恋をしている時は忘れられる」と書いたのは、稀代のドラマ作家坂元裕二だが、アオイとハルトの気持ちが通じ合った一瞬は、永遠の記憶として保存されるだろう。これはニッポンの社長が『キングオブコント2020』で披露したコントでも描かれていたことだが、「出会えたことがすべて」なのである。ここで流れるのは、Every Little Thingの「出会った頃のように」であるけれども、その歌い出しのリリックが「My Love is forever」であることからも、彼らがあの場面で本当に流したかった曲が銀杏BOYZ「恋は永遠」であったことは想像に難くない。

Oh My Baby
やりきれなくても
君が笑うから
いつもの部屋で
いつもみたいに
君が笑うから
やさしくって やさしくって


銀杏BOYZ「恋は永遠」

いつだってわたしたちが“寂しい”のは、誰かと出会うためなのだ。


恋の尊さを体現するのに値する水川かたまりの女装の美しさ、そして、アオイとハルト*2の何気ない所作や表情のかわいげ(演技の細かさ)。まさに決勝の舞台で披露するにふさわしいパーフェクトな1本。しかし、1本目に披露されたコントもまた同等に素晴らしかった。死んだおばあちゃんに「ありがとう」と伝えたくてイタコの元を訪れる(今まで出会えた全ての人々に もう一度いつか会えたらどんなに素敵なことだろう©️銀杏BOYZ漂流教室」)、という導入でまずもって泣けてしまうのだけども、なんと言っても全編に迸る空気階段のラジオ愛だろう。ラジオの電波は破産寸前(マジで破産する5秒前)というような追い込まれた人間たちにも等しく降り注ぐ。さらに、ラジオと霊の波長は非常によく似ているのだという。つまり、ラジオは現世/死後(もしくはダンプカー/ヤリイカ)というような分断された世界を結びつけてしまうのものなのだ。それを示すように10m4cmの長い“としやんストラップ”がバラバラのはずの世界をいとも簡単に繋げてみせる。ラジオというのは時空を超えて届けることのできるメディアであるというの空気階段なりの証明。そして、その電波は等しく降り注ぐがゆえにランダムで、思ってもみない相手(隣に住んでいたトメさん)に届いてしまうものでもあるのだ。


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*1:それはまるで銀杏BOYZのライブのよう

*2:アオイとハルトでアオハル”青春”