青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

尾崎将也『まだ結婚できない男』1話

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結婚できない男』が13年の時を経て、まさかの続編である。主題歌は持田香織による「まだスイミー」、前作の主題歌「スイミー」のセルフカバーである*1。「スイミー」のようで、どこか違う。そんな楽曲に同調するように、劇中もまた13年前となんら変わらないようで、微妙に違うのだ。桑野(阿部寛)のガラケースマホに変わり、部屋にはAIアシスタントが導入されている。映像ストリーミング攻勢の影響なのか、レンタルビデオ屋には行かなくなった。コンビニにはあいかわらず通っているが、店員はギャルから外国人労働者に。金田のブログを読む代わりにエゴサーチを繰り返し、ネットでの誹謗中傷に心を痛めている。時代に合わせてしっかりと細部をアップデートしながらも、前作のテイストをしっかりと踏襲する筆致が心地よい。桑野のクラシックを聴きながらのエア指揮、橋の縁を触って渡る癖、牛乳と牛肉への偏愛、英治(塚本高史)の2000年代的ファッションといった、前作からの変わらない部分には思わずほくそ笑んでしまう。最大の違いはやはり早坂先生(夏川結衣)とみちる(国仲涼子)の不在だろう。一緒に道を歩んで行くように見えた早坂先生は桑野の元を去り、代わりにどこか雰囲気の似た女性弁護士(吉田羊)が現れる。みちるが住んでいた部屋に、やはり似た風貌の若い女深川麻衣)が引っ越してくるも、彼女は犬を飼っていない*2。この「変わらないようで、微妙に違う」というフィーリングは、今話の終盤においてグランドホテルとグレードホテルを間違えてしまういうドラマメイクにも繋がっている。


このドラマシリーズの素晴らしさは、やはり阿部寛の佇まいである。あの大きすぎる体躯。どんな場所にいても居心地が悪そうなサイズ感。冒頭の地鎮祭においても、明らかに1人だけ飛び抜けて大きく、神主に切木綿で頭を叩かれてしまう。阿部寛のあの189cmという高身長が、“はみ出し者”のメタファーとして機能している。キャラクター造詣もまた見事だ。ウディ・アレンがハリウッドで演じてきた無神経かつ神経症的なシティ派の男性像を、阿部寛テレビサイズに落とし込んでいる*3。とは言え、『結婚できない男』1話での、桑野がステーキを焼いて食べる所作だけで画面を数分を持たせてしまうサイレントコメディとしての優秀さや、

スパゲッティってのは直径約1.9ミリのものを言うんですよ。これはちょっと細いから厳密にはスパゲッティーニ。つまりあなたは、本当はスパゲッティーニ美味しいよ、と僕に言うべきなんです。

といった台詞のキレはやや鳴りを潜めているように感じたので、今後に期待したい。


50歳を過ぎて、お店で1人でしゃぶしゃぶ。この現代における都市生活者の孤独とブルースが浮き彫りとなる。だけで、留まらないのがこのドラマの素晴らしいところなのだ。そのしゃぶしゃぶを、桑野は実に旨そうに食べるのである。さらに、部屋で1人で流し素麺を堪能し、笑いながらこうつぶやくのだ。

(あと)50年くらい、1人で大丈夫だな

1人で生きていくのは、たしかに孤独で寂しい。しかし、悲しみ一辺倒にカテゴライズされてたまるものか。膨大な孤独な時間の中には、思わず笑みが零れるような瞬間が無数にあるのだ。そういったことを、このドラマは丁寧に描いている。1話のハイライトである桑野のスピーチの言葉を借りるのであれば、

長い人生、不安はあるけど、希望もある

というやつだ。孤独の中で、楽しんで悪いか!そう叫ぶ、このドラマを私は愛している。

*1:ちなみに編曲はクラムボンのミト

*2:ケンによく似たパグの強引な登場には、あだち充作品におけるパンチのやり口!と興奮いたしました

*3:この系譜の中に『最高の離婚』の瑛太がいる