青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ロバート・マックロスキー『ゆかいなホーマーくん』

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ゼンマイ仕掛けの機械から大量に流れて出てくるドーナッツ、それをポケットに手を入れたまま片手でムシャリと頬張らんとする少年。たまらなく胸を捉えた。この表紙のイラストだけで、10冊は確保したい代物である。この『ゆかいなホーマーくん』の挿絵を担当しているのは作者のロバート・マックロスキーだ。『カモさんおとおり』(1950)『すばらしいとき』(1978)という絵本作品で二度のコルデコット賞を受賞している。

かもさんおとおり (世界傑作絵本シリーズ)

かもさんおとおり (世界傑作絵本シリーズ)

すばらしいとき (世界傑作絵本シリーズ)

すばらしいとき (世界傑作絵本シリーズ)

とにかく絵がナイスなのだが、肝心の内容もまた、これが実に楽しい作品だった。訳は石井桃子ということで、名作保証つきなのである。1940年代のアメリカの田舎町を舞台とした6つの短編集。登場するのはドーナッツ、珈琲、床屋、フライドチキン、キャンプ場、シェービングローション、映画、署長、判事、スーパーマンに、ストロベリーアイスクリーム・・・・おぉ、古き良きアメリカ。物語は明るく、どこまでもカラっと乾いている。たとえば、1話「ものすごい臭気事件」でホーマーくんはスカンクという珍しい動物をペットとして手なづけるのだが、相棒めいたポジションにつくでもなく、絆めいたものはほとんど描かれることはない。ハイライトである3話「ドーナッツ」では、分量間違いと機械の故障で、無限と言わんばかりにドーナッツが溢れ出てくる。しかし、お話は「もったいない」だとか「機械文明批判」といった道徳めいた方向には進まずに、ホーマーくんの機転を効かした解決策がただただフューチャーされるのだ。


舞台となる田舎町が、なにやら活力にみなぎっている。町に騒動を巻き起こすのは、オートメイションによる大量生産、コピーライティング、看板広告、画一化された住宅街など、変わりゆく時代の波である。そんな大量消費社会を皮肉めいた視線で描きながらも、物語のホーマーくんたちはどこまでも楽しく資本主義を謳歌している。その筆致が新鮮であり、心地よい。なんたってドーナッツの洪水である。それを町中の人が珈琲やミクル、ソーダ水にひたしてフガフガと食べ狂うのだ。当時のアメリカという国の、勢いみたいなものを感じる。


機械いじりが趣味で、ラジオで自主制作してしまうほど賢く、クールなホーマーくんはかっこよくて素敵なのだけども、後半3編は、その存在感は薄い。真の主役は、聡明なホーマーくんの周りにいる大人になりきれない大人たちだろう。彼らの勝手気ままな振る舞いが情けなくも愛おしく、良質なコメディを形作っています。