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宮藤官九郎『監獄のお姫さま』8話

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宮藤官九郎が描くテレビドラマはいつだって、社会からはみ出した者たちを描く。その”はみだし”は土地、学歴、年収、恋愛経験といった普遍的なコンプレックスに起因するものはもちろんだが、とりわけプロデューサー磯山晶と組むTBS制作クドカンドラマが常に主役に据えてきたのは、執拗に犯罪者であった。人は誰もが罪を抱えて生きているのだと言わんばかりに。『池袋ウエストゲートパーク』(2000)ではカラーギャング、『木更津キャッツアイ』(2002)では泥棒、『タイガー&ドラゴン』(2005)ではヤクザ、『流星の絆』(2008)では詐欺グループ、『うぬぼれ刑事』(2010)では犯罪者に恋する刑事、『ごめんね青春!』(2014)では放火魔・・・そして、この『監獄のお姫さま』(2017)ではとうとう受刑者だ。そんなはみ出し者たちが、ルールや倫理のようなものを大幅にはみ出しながら、それでも懸命に”血の通った人間”であろうとする姿を捉える、それがクドカンドラマである。しかし、宮藤官九郎はおおいに”照れる”作家だ。そういった真っ当な人情話を描くことへの照れ隠しとして、大量のギャグやギミックをまき散らす。その照れは、2000年代においてシニカルでクールな若者の表現に思えたが、2017年現在、あの宮藤官九郎も47歳。おじさんとなり、おばさんのドラマを書いている。中年になっても健在である照れは、ときに物語の筋運びをどこまでもまどろっこしく、面倒くさいものにしている。『監獄のお姫さま』においては、いくらなんでも「爆笑ヨーグルト姫事件」の真相というやつを引っ張り過ぎだろうという気がしないでもない。ここで、「あー面倒くせぇ」という『池袋ウエストゲートパーク』という長瀬智也の台詞をリフレインさせたいのだけども、だがしかし、そのもどかしいばかりの遠回りの話法は、「この複雑に入り組んだ世界で物語ること」への宮藤官九郎の誠実さのようにも感じる。そんな簡単に答えが出せないからこそ、物語は存在するのだ。


今回取り上げる8話は、宮藤官九郎の”照れ”がもたらす話法が、とびきりに炸裂している回だ。

あんたが”いやなやつ”じゃないってことは
馬場カヨが”いいやつ”だってことは
これ読んですごいわかった
馬場カヨのことはね・・・うん
嫌いじゃない

先生(満島ひかり)による、否定を織り交ぜたまどろっこしい愛の告白。*1 これくらい遠回りしてこそ、はじめて気持ちは伝わる。先生に限らず、誰もかれもこんがらがっている。『監獄のお姫さま』という作品のキーフレーズである「更生するぞ、こーせー」という合言葉は、実は「復讐するぞ」の受刑者達の間での隠語であった。本音はいつも喋る言葉と反対のところにある。

今だけよ 雑魚がいきがって正義とか言ってられるのも今だけ!
自分がかわいいの、結局
<中略>
忘れるよ・・・娑婆に出たら
冷めるよ 我に返るよ
所詮は他人事だもん
自分がかわいい 自分が大事
みんなそう、あんたもそう! 
それが人間!

長谷川さんはここにいる私が好きなの
69番の私が好きなの
出たら冷めるの 忘れるの 我に返るの
それが人間

であるから、若井ふたばと馬場かよ(小泉今日子)がそれぞれ別の場所で別の相手に話したこれらの言葉にもまた、「冷めないでくれ 我に返らないでくれ 血の通った人間であってくれ!」という祈りが込められているのだ。


血の通った人間同士の関係は、家族めいたものを形成する。馬場かよと姫(夏帆)の間に母娘関係、そして、先生と馬場かよの間に、反転した母娘関係が結ばれる。

若井:私 はじめてなんだ
   こんなふうに受刑者と打ち解けるの
   好きじゃないの
   奴ら 勝手に線引くでしょ
   犯罪者の気持ちなんか分かんないくせに
   こっち来ないでって態度、目つき
   逆差別っていうかさ、何様?裏切るし・・・
   だから期待もしない
   でもね、あんたは違ったね
馬場:ずうずうしいんですよね
若井:そう、ずうずうしいの 犯罪者のくせに

犯罪者・馬場カヨの“ずうずうしさ”が肯定されることで、2人は強く結びついた。だとすれば、1話で先生の発したあの台詞も違った響きを持つだろう。

ずうずうしいんですよ犯罪者って
時間巻き戻せると思ってるんです
刑務所のことタイムマシンか何かだと思ってるんです
出てきたら犯した罪までチャラになると思ってるんです

過ちを犯しても、元には戻れる。そして、イリーガルな復讐を通してだって、更正(コーセー)はできる。ずさんな計画の記された「復習ノート」を、「復習→復讐」と校正(コーセー)したのは他ならぬ若井ふたばである。残り2話しかありませんが、次回以降の展開が待たれます。



<余談>
8話にも『カルテット』的なものが蠢いていましたが、きりがないのであえて触れていません個人的には6話くらいからグッとおもしろくなってきました。のぶりん(塚本高史)がどちらの時間軸にもガッツリ絡み出してからではないだろうか。クドカンによる永遠の男子・塚本高史。やっぱり、男の子を書く時のほうが断然活き活きしているのである。それは板橋五郎(伊勢谷友介)もそうで、今のところどこまでもクズ男ではるのだけども、なんというか人間としての輪郭がクッキリしていて、魅力的だ。満島ひかりはずっと抜群だったが、この8話にして、やっと満島ひかりが演じる意味があった、というところまで"先生"というキャラクターが生きてきたように思う。

*1:こどものおもちゃ』の羽山だ