青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

宮藤官九郎『監獄のお姫さま』1話

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TBSの「火曜ドラマ」枠に、満を持して宮藤官九郎が登場。出演女優陣の豪華さはもちろんのこと、企画・編成に磯山晶、メインチーフに金子文紀、とテレビドラマファンであればクレジットだけで涎をダラダラと垂らさずにはいられまい。あの『木更津キャッツアイ』(2002)からちょうど15年、「あの伝説よ、再び」と願うのがファン心理というもの。多用されるプレイバック、何やらイリーガルなチームプレー、森下愛子(ローズ姉さん)に塚本高史(アニ)・・・『木更津キャッツアイ』の記憶を振動させる様々なモチーフ。「おばさん版木更津キャッツアイだ」なんて声も挙がっていますが*1、この1話の段階ではあの鮮烈さには遠く及ばないというのが正直なところではないでしょうか。プレイバックも冗長で野暮ったい。爆笑問題を登場させての疑似『サンデージャポン』のOPも、『木更津キャッツアイ』での哀川翔、『マンハッタンラブストーリー』(2003)での船越英一郎に比べると、どうにも・・・『木更津キャッツアイ』において何より肝心であった中身のない駄弁りと大騒ぎ、仲間内でしか通用しない質の悪いジョークの数々だろう。それらはこの『監獄のお姫さま』にもトレースされているが、正直言ってまったくキレがない。女優(坂井真紀)のふざけ方などは目を覆いたくなる出来栄えなのだけど、もしかすると、あのうすら寒い感じが狙いなのだろうか。とは言え、まだ1話。演る方も、観る方も、身体が温まっていないわけで、今後に期待だ。おばさん達のドーナッツトークでもって、物語を転がしていって欲しい。



とは言え、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)、『カルテット』(2017)を送り出した「火曜ドラマ」であるからして、そのフィーリングは共鳴しているし、切り込むテーマは現代的。傷ついた女性たちの緩やかな連帯でもって、クズ男に復讐する物語。しかし、クエンティン・タランティーノの諸作や坂元裕二の『問題のあるレストラン』(2015)のそれとは一線を画しているように思う。懲らしめられるべき男、板橋五郎(伊勢谷友介)が単なるクズでなく、妙にブルージーに描かれている。彼には、家族への愛が確かに存在しているように思えるし、爆笑ヨーグルト姫事件への”後悔の念”のようなものも感じさせる。

あの人、泣いてるんだもん
「何やってるんだろ、俺 なんでこうなったんだろ」って
情けなくて自分を呪って泣いてるんですよ

シンプルな勧善懲悪ものであれば、必要のない要素がしっかり書き込まれているのだ。やはり、『逃げ恥』『カルテット』のように、複雑な感情の在り方を、生き方を、肯定する物語なのだろう。

母さんだけが悪いわけじゃないって知ってるから
父さんも良くないって
別にもう怒ってないからね

1話目にして馬場カヨ(小泉今日子)が息子にいとも簡単に”許されてしまう”ところにも顕著だ。別居している母からの差し入れを迷惑がる息子。このデフォルトみたいなやりとりが、どうにも絶妙だ。

公太郎:そういうのが1番困るんだよ
カヨ:困らせたいのよっ

底抜けに明るい。差し入れたケーキをゴミ箱に捨てられることなく、きちんと食べられる。こういった安易な軋轢のドラマメイクを避けて、親密さのようなものを紡ぎ出す宮藤官九郎の筆致を信頼したい。



お揃いで色違いのネイルにアイフォンケースから、戦隊モノヒーローのイメージが重ねられている意図はまだ掴みかねている。しかし、”色”の演出は今作でも周到だ。吾郎のかつての恋人殺害のイメージが繰り返し挿入される。ナイフの刺さった白シャツから流れる赤い血。この”死”のモチーフである白と赤が執拗に画面に構成されている。何度もリフレインされる「お節の中では何が好きとかあります?」という爆笑問題への回答は「なます(大根と人参)」であるし、サンタクロースの衣装、クリスマスケーキのクリームと苺、えどっこヨーグルトのパッケージ・・・そのどれもが白と赤のミックスである。この混じりあった感触こそ、今作の描きたいものなのだろう。



“女囚もの”であるからして、「犯した罪は許されるのだろうか」といったテーマも内包していくのだろうか。1話では、そこに対して、先生(満島ひかり)から、ガツーンと否定の言葉が飛び出す。

ずうずうしいんですよ犯罪者って
時間巻き戻せると思ってるんです
刑務所のことタイムマシンか何かだと思ってるんです
出てきたら犯した罪までチャラになると思ってるんです

齧られたおにぎりを前にして「元には戻れないんです」と、完全にどこかで観たことがあるような、食べ物に重ね合わせた「時の不可逆性」への言及。しかし、思い出したいのは、馬場カヨが登場した橋のシーンである。

違うんです!
向かってるんですけど遠ざかるんです!

何なの!?
なんで前に進んでるのに後ろに下がるのよぉ!

後悔を抱えて後ろ向きに、目指す方向とは違ったとしても、進ことは進む。思いもよらぬやり方で、不可逆性というものを覆している。

*1:『ごめんね青春!』(2014)の時も言われていたような・・・