青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

田中嗣久×高橋一生 NTTドコモ25周年CM『いつか、あたりまえになることを。』

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高橋一生は本当に素晴らしい。NTTドコモMr.Childrenが25周年を迎えることを記念して制作されたCM『いつか、あたりまえになることを。』を貴方はご覧になっただろうか。いや、よくあるタイプの作品なのだ。『ニューシネマパラダイス』的手法で”眼差し”をダイジェスト化して泣かせにかかり、「何気ない毎日こそが、奇跡の積み重ねなのです」というようなことを家族の愛でまとめあげる。ややもすれば「けっ、古臭い」と一蹴されかねない代物なのですが、これがどうにも目が離せない。いや、それどころかまんまと泣かされてしまうのです。カメラワーク、音楽、美術、衣装・・・様々な細部が振動し作品を高め合っているし、黒木華と清原果耶の2人の女優の存在感も素晴らしい。だがやはりその最大の貢献者は高橋一生であろう。


高橋一生の芝居は、「役者が演じている」という当たり前の事象を観る者の頭から吹き飛ばしてしまう。演じるキャラクターそのものとして画面の中にスッと収まっている。このCMで高橋一生が扮するのは、時代の片隅に埋もれる名も無き平凡な男だ。癖の強いキャラクターを見事に演じ分ける高橋一生だが、こういった”なんでもない”匿名の市民こそ、彼の演技メソッドが最大限に発揮される役柄なのではという気がする。僅か4分の映像の中で矢継ぎ早に流れる断片的エピソードでもって、1人の男の人生の奥行きのようなものまで体現してしまっている。そこには嘘らしさは微塵もなく、“人が生きている”という確かな質感だけがある。その質感には”奇跡”というような言葉をヒュッと飛び越える強度があり、故に、このCMは我々の涙腺を激しく刺激するのだろう。


この『25年前の夏』という作品の監督を務めたのは田中嗣久。九州新幹線開通のCM、カロリーメイト『夢の背中』など、そのワークスはどれも印象的なものばかり。あの高橋一生×長澤まさみによるdtvのCM『ふたりをつなぐ物語』も田中嗣久の監督作だ。あの作品もまた、「洗濯物を畳む高橋一生」に代表されるように、”市井の人”としての高橋一生の日常の所作が、地球と宇宙ステーションというSF的な距離を飛び越えていく物語であった。


少しばかり『いつか、あたりまえになることを。』の細部に目を向けてみるならば、やはり90年代の東京の街の風俗描写が目をつく。ポケベル、カラオケボックスの歌本、コンポーネントオーディオ、バスケットシューズプレイステーション、たまごっち、Windows 95、あすなろ抱きetc・・・あの時代を生きてきた者はノスタルジーの沼にハマってしまうこと必至。
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とりわけ秀逸なのは、ネルシャツにダウンベスト、TシャツとロンTの重ね着、半袖シャツにロンT、ウォレットチェーンといったスタイリングの数々。それらを身に纏った高橋一生の佇まいの説得力はどうだ。コスプレ然とした印象はまったくなく、確かにあの時代を”生きている”人なのだ。そして、その時代を代表するドコモの携帯機種がさりげなく映し出され、それらの機能・形態が徐々に進化していく様子が窺える。そこに「悪い、待った?/遅いっ」という高橋一生黒木華演じるカップルのお決まりのやりとりが合いまり、輝かしい未来は少し遅れて、(しかし必ず)やってくるのだ、というような希望のフィーリングを、観る者に与えるのである。
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