青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

大橋裕之『ゾッキA』

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1,404円と多少値は張るわけですが、大橋裕之の『ゾッキA』(5月中旬刊行予定の『ゾッキB』も!)は手にとるべき1冊だ。大橋裕之は漫画界のダニエル・ジョンストンである。その魂には狂気すれすれのピュアネスとポップネスが宿っている。どれほどのサイレントマイノリティが彼の漫画に心癒されてきたことか。ルックスに関していえば、映画に主演するほどのナイーブな美青年なわけですが、何故だか迸るルーザー感。ブルーにこんがらがった我々の心の機微を完璧に(そして、ユーモラスに)掬いとってくれます。この世界においてはほんの少しの”不器用さ”さえ持ち合わせていれば、簡単にアウトサイダーとして扱われてしまう。大橋作品の主人公たちはみな一様にそんな人々だ。しかし、彼らの冴えない日常が描かれていく中で、ときに、そのミニマルさとは不釣り合いな大きな肯定が為されてしまう。そのおかしさには優しさが潜んでいやしないか?おかしいことはおもしろいことだろう?その”おかしさ”は存在していいのだ。それぞれにどこか変わった人々がそのおかしさを正すことなく、何となくの小さなハッピーエンドを迎えてしまう。最初から存在さえしない人の死に涙を流す「伴くん」、『たまこマーケット』の元ネタとしか思えない全うに良い話な「父」、”LOVE”が"愛"と訳された瞬間を捉えてしまった「プロレス」、誤配された手紙があまりに正しく届いてしまう「37歳」といった作品群を読んでいると、私は本当に胸がいっぱいになってしまうのだ。この感触は案外、神様・大島弓子の漫画を読む時のそれと近しいのではないか、とさえ思う。そして、本書の最大の目玉は間違いなく「オサムをこんなうさんくさい道場に通わせたくありません」である。ほとばしるアナーキーさの中で、ありえない交感が果たされてします!こんな漫画そうそうない。あまりにラフな線で書かれたアウトサイダーアートであり、バイブル。それが大橋作品である。 


その活動の初期において、一部の地域で絶大な人気を誇った自費出版本『謎漫画作品集』『週刊オオハシ』などに収められていた初期作品から単行本化されていない傑作をまとめたのが『ゾッキA』と『ゾッキB』だ。前述の自費出版本は今や入手困難であろうから、その圧倒的な才能のはじまりに触れる格好の機会であるわけです。初期作品にはえてして、その表現者のコアみたなものが溢れんばかりにと詰まっているものだ。それらが日の目を見ることで、大橋裕之のその天才性はより世間において自明のこととなるでしょう。いや、ならねばなりません!