青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

池辺葵『雑草たちよ大志を抱け』

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繕い裁つ人』『プリンセスメゾン』の池辺葵が手掛ける最新作は青春群像劇である。主人公に選ばれているのは、クラス(=世界)の中心となってキラめくタイプではない。『雑草たちよ大志を抱け』というタイトルが示すように、誰にも気づかれることなく、無邪気に踏みにじられてしまうようなか弱き存在。あまり好きな言葉ではないが、”スクールカースト”というやつの下の方にいるであろう女学生たちである。地味な彼女たちの最大の楽しみは、昼休みに食堂で食べる味付けの濃い親子丼、夕方の『必殺仕事人』の再放送、心酔するアーティストの表現に触れること。そして、身長、体重、太い眉、運動音痴、音痴、体毛etc・・・それぞれが他愛のない、だが切実なコンプレックスに悩み、どこか縮こまって暮らしている。

素直になったら恥かくだけや
私は
鋼鉄のバリアで
自分の心を守るんや

思春期時代の自分をそこに見つけ、思わず抱きしめたくなってしまう人も少なくないのでは。


スクールカーストの下の方(=雑草)という感覚は通学電車において、モブキャラクターがこぞって立っている中、椅子にチョコンと座る面々に重ねられる。また、”見下ろされる”という構図がそのフィーリングを高める。寝坊癖があり母親に寝顔を覗かれているがんちゃん、毎朝がんちゃんを迎えに家の下までやって来るひーちゃん、とびきり背の低いピコ、背中を丸めて歩くたえ子、などなど。そして、マラソンで転倒するピコ、膝を抱えて腕毛を剃る久子さん、地面にひっくり返るセミ、といったイメージも雑草性を高めていると言える。しかし、これはもう池辺葵という作家の色と言っていいと思うのだけども、下の方でくすぶり、本流から外れてしまったような者達を描きながらも、彼や彼女たちはそんな悲劇性に飲み込まれることなく、常に心躍るような(ピコとがんちゃんのスマートフォン越しのダンス!!)前向きさを纏っている。

背すじのばして胸はれ

ちょっとでもましに見えたいなーって
くさったりしないで
かわいく見えるように
せいいっぱい努力してみようって
思ったんだー

人の目を気にせず
一心不乱になれるんは
どうしようもなく
かっこいいっていうんや

まったくをもって素晴らしい。この池辺葵の筆致はもはや木皿泉のそれである。終盤における、合唱コンクールでもって、雑草である彼女たちのか細い”ヴォイス”が連帯し強く結ばれていく。下を向くような冴えない日々が続くかもしれない、でも愛されることだけは決して諦めてくれるなよ、という池辺葵のメッセージが、多くのボーイズ&ガールズに届けばいいと願う。やっと手に入れた愛は、もしかしたら儚い泡のようなものであるかもしれない、しかし、その一瞬のキラメキは永遠のように、貴方を生かし続ける、と語りかけるエピローグは、思わず小沢健二*1の往年のナンバー達を重ねてみたくなる。コマ割りのリリシズム、セリフ廻しの妙、キャラクターの愛らしさ、どれをとっても完全無欠な領域に突入している池辺葵、今後も名作量産に期待であります。



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*1:祝・完全復活!