青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『水本さん』

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現在、TBSドラマ『カルテット』が絶賛放映中の脚本家、坂元裕二が2016年度より東京藝術大学大学院において映像研究科の映画専攻・脚本領域で教授として教鞭を振るっているのをご存じでしょうか。2005年に設置されて以来、北野武黒沢清筒井ともみなど錚々たるメンバーが指導にあたってきた学び舎で、坂元裕二は一体どのような講義を繰り広げているのだろう、と想像が止みません。そんなさ中、ありがたいことに、その一端に触れることができる映像作品『雑談会議』が公開されました。

『雑談会議』とは
脚本家・坂元裕二率いる東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域の学生たちによる、早撮り3時間の短編会話劇です。全ての作品は坂元裕二プロデュースのもと


○撮影3時間
○人物2人
○ワンシチュエーション
○ロケ地は全て東京藝大馬車道校舎の敷地内


という限られたルールの中で制作されました。
他愛のない会話の中で繰り広げられる、みぞみぞする人間模様をご覧下さい!!

全作品が坂元裕二プロデュースとの事ですが、中でも清水俊平が監督を務めた『水本さん』という作品では、坂元先生自ら脚本を担当しております。これがまさに坂元脚本の教科書、という感じでおもしろいのだ。
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他に人がいない夜のオフィスで机を挟んで会話をしている2人の女性。どこにでもあるOLの残業中の風景。いやしかし、どこかおかしい。2人の会話とテンションがどうにも噛み合っていない。すると、こうだ。

水本:われわれ同期だったじゃないですか
日野:でも、水本さん死んだじゃないですか
水本:そこですか
日野:まず、そこだと思いますけど

あっさりと水本さんが幽霊であることが明かされる。坂元裕二と幽霊、この”まさに”としか思えぬ題材が惜しみなく披露される。何やらテンションの高い幽霊の水本さん。見えないはずのものが見えているというのに、驚く素振りどころか、作業(コップに名前を書く)を止める様子さえ見せない生きている日野さん。絶対的にわかりあえなそうな2人。会話はひたすらに横滑りし、脱臼していく。そうした”ズレ”でもって会話をグルーヴさせ、それを語る人間が持つ輪郭と”面白み”を鮮明にさせドラマを展開していく。これぞ坂元脚本の流儀である。


水本さんと日野さん。互いに敬語であるし、よそよそしく、どうも距離があるようだけども、生きている時は職場で毎日ランチを一緒にとり、愚痴や駄弁りを言い合う仲であったらしい。

水本:前に話したじゃないですか?人って死んだらどうなるのかなって
どっちか先に死んだら現れて死んだ後の世界がどんなか教えることに
しましょうよって
日野:まさかそんなの可能だと思ってなかったから

約束を守り、更には「生きている人の死んだ人間に対する偏見」を失くしたい、とまくしたてる水本さん。実に律儀な幽霊である。“こっち”も”あっち”も全然変わらないのだ、という事を証明したくて、「1回来てみなよ?」とカジュアルに死に誘うのがおかしい。

水本:来たい人いれば誘って大丈夫だよって
日野:誰がですか?
水本:幹事が・・・友だち呼びなよって

水本:二泊でいいから!

ジョークのような会話であるが、「あぁたしかに水本さんは”あの世”で生きているのだな」という実感を観る者に与えてくれる。嘘の中に本当が生まれる瞬間、それこそが人の心を撃つ。

日野:そっちって死んだ人みんないるんですか?
水本:みんないますよ

という会話から始まる、「あの世で見かけたこんな有名人、だーれだ?」という大喜利に「船が凄い揺れた、と漏らす遣唐使」「余命三カ月の花嫁」と答えることのできる坂元裕二のユーモアの筋力。「こんなあの世なら行ってみたい、どんなあの世?」という大喜利にも「携帯の番号変えずに行ける」だとか、

水本:唐揚げ・・・手で食べても手に油つかないです
日野:えっ?
水本:ポトテチップスとか食べてもそのままこう・・・
   DVDの取り出しとかできます、向こうは

だとか、絶好調である(しかし、唐揚げ好きだな)。前述しように、話が進むにつれ、日野さんよりも、幽霊である水本さんこそが確かに存在している人間のように生き生きと躍動する。ここで、生と死の境界が揺らぐ。そして、ラストに訪れる反転。7分間のホラーとして文句なしの、見事な構成力である。「見えないはずのものが見える」というモチーフは、実は『カルテット』3話にも引き継がれていて・・・・・それは次のエントリーに譲ろう。



ちなみに、てっきり役者も学生なのかと思ったのですが、2人ともれっきとしたプロである。どうりでルックスが洗練されているし、カメラに撮られることに慣れています、という身のこなし。三浦透子ユマニテ*1所属で、かつては"なっちゃん"(田中麗奈星井七瀬にはさまれた二代目)としても活躍していた。高嶋芙佳はオスカー所属のモデルで、OLの役を演じているが、まだ17歳とのこと。

*1:満島ひかり安藤サクラが所属している