青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

野木亜紀子『逃げるは恥だが役に立つ』1〜9話

f:id:hiko1985:20161213202107j:plain
このブログをお読み頂いている方ならご承知の事かと思われますが、私、星野源のことが好きで好きで好きでして。好き過ぎるあまりに、彼の主演ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』にしっかり向き合うことができていなかったのです。しかし、それでは歪んだ愛だ。きちんと向き合わねばならぬ。というわけで、意気込んで追っかけ再生、とうとう9話をリアルタイムで観られる所まで辿り着きました。


わけのわからぬ導入、と思われるかもしれない。しかし、この導入に忍びこませた"性的趣向"や"偶像崇拝"といったニュアンスは、この『逃げ恥』という作品において、重要な意味を持つ。上記のセンテンスにおいて、私が星野源に向けている感情は紛れもなく愛だ*1。たとえそれが世間からは風当たりの強い感情だとしても、この世界を生き抜く為に役立つ、強く儚い感情なのである。

みにくいと
秘めた想いは色づき
白鳥は運ぶわ
当たり前を変えながら
恋せずにいられないな
似た顔も虚構にも
愛が生まれるのは
一人から


星野源「恋」

星野源も歌っている。その愛の対象は二次元でもいい、アイドルでもいい、自分自身でもいい。信憑性のあるデータかはさておき、「独身男女の恋人のいない割合70%」と過去最高の数字を叩き出したという昨今。恋はトレンディでも、オシャレでもない。『逃げ恥』はそんな困難な時代における、”愛”の多様性と許容を訴える*2逃げるは恥だが役に立つ。そう、どんなやり方であれ、我々はサヴァイブしなくてはならない。35歳童貞のプロ独身津崎(星野源)、ワークプアーのみくり(新垣結衣)、独身キャリアウーマンの百合ちゃん(石田ゆり子)、ゲイの沼田さん(古田新太)、結婚にメリットを感じないイケメンの風見(大谷亮平)、シングルマザーのやっさん(真野真里菜)etc・・・あらゆる登場人物が紋切り型の”愛”に疲弊し、それでもなお、懸命に様々な形の愛を求める。どんな形であれ"恋"をする貴方はとてもチャーミングで、ひょんな形で誰かといとも簡単に結びついてしまうだろう、というポジティブな希望が込められているのもいい。


『逃げ恥』はその作劇の中で重要なのは"想像力"である、と繰り返し訴えてくる。ここでいう”想像力”というのは、魔法やドラゴンといったSEKAI NO OWARI的ファンタジーではなく、「相手はどう想うだろうか?」という実にささやかで、普遍的なもの。しかし、バカにしてはならない。成宮寛貴が芸能界を去らねばならぬこの2016年である。それはこの世界において絶対的に欠けている思考だ。みくりは家事代行スタッフとして、雇用主である津崎の為に懸命に働く。「こうしたら、雇用主は喜ぶのではないか?」というプラスアルファの気配りが、津崎のハートを掴み、契約結婚としての雇用を勝ち取る。その思考を支えているのは、豊かな想像力だ。彼女の脳内は「情熱大陸」「徹子の部屋」「なんでも鑑定団」etc・・・パロディーまみれの妄想に満ちている。その想像力が相手の心情にも及び、「こうしたら、津崎さんはこう思うかしら」と常に相手の立場に沿った思考を展開している。しかし、それが時に空回りしてしまい巻き起こるすれ違い。これがどうにもキュートで我々視聴者は"ムズキュン"してしまうわけです。対する津崎は惜しい。その想像力の対人関係への実践は「こうしたら、自分はこう想われてしまうかも」という、自分本位な応用に留まっている。重要なのは、「こうしたら、(彼女は)どう想うだろうか」という思考なのだ。この『逃げ恥』というドラマは、津崎の想像力が「こうしたら、自分はこう想われてしまうかも」という自己完結から「こうしたら、(彼女は)どう想うだろうか」という飛躍を遂げるまでのドキュメンタリーと言える。

知らないって、怖い。
僕はこれまで、どれだけの人を
どれくらい、傷つけてきたんだろう
ひょっとしたらみくりさんだって
僕の考えなしの言動に、傷ついたり、
言いたいけど言えない気持ちを、
隠していたりするのかもしれない


<2話>

自分が決めつけられるのが嫌なくせに
どうして人はレッテルを貼ってしまうのでしょう 


<7話>

向こうは僕の気持ちなんか考えちゃいないのに
自分ばかり見ている彼女に
何を言えばよかったんでしょう?


<8話>

どんな思いで、作ったんだろう
どんな思いで、ここを出て行ったんだろう
あのときみくりさんは、どんな思いで… 


<8話>

さて、結論をやっと述べるとこのドラマ『逃げ恥』面白いです。雇用と結婚がテーマのわりに、雇用や仕事に関する描写にあまりリアリティを感じられないのはいかがなものかと思いつつ、6話くらいから脚本、演出、役者陣の演技がバシっと絡み合い、面白さもグンと増した印象。撮影、衣装、美術といった各要素も高レベル。1話を観て「つまらない」と決め込んだ私、悔しながら、完敗です。納得のいく終わり方がまったく読めないのですが、どうなってしまうんでしょう。期待しかありません。


関連エントリー
hiko1985.hatenablog.com
hiko1985.hatenablog.com

*1:真偽はさておき

*2:2016年を代表する傑作Frank Ocean『Blonde』とも共鳴しているではないか!