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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

サニーデイ・サービス『Dance To You』

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サニーデイ・サービスのニューアルバムが僕の胸を震わせる。再結成後のサニーデイ・サービスの活動に1ミリの関心も抱いて来なかった事を後悔しなくちゃならない。勿論、グッドミュージックである事は否定しないが、魂に訴求してくるようなものはこのバンドから再び生まれ得ないだろうと高を括っていた。誤解しない欲しいのだが、サニーデイ・サービスほど青春期の私に強い影響を及ぼしたバンドはいない。彼らが掲載されている雑誌のバックナンバーを古本屋で買い漁り、そこで言及されている古今東西ポップカルチャー(純文学からポルノ映画まで)を夢中になって吸収し続けたものだ。それらをシームレスに編み込み、ある1つの決定的なグルーヴを生み出すサニーデイの姿勢(そして、それらはceroなどのバンドに引き継がれている)は、今でもこのブログを続けていく上での1つの指針だ。本当に憂鬱な時間に耳を傾けるのは小沢健二ではなくサニーデイ・サービスだったな。受験直前の予備校の合宿で聞いた『若者たち』が未だに忘れられない。カビくさい二段ベッドの下でCDウォークマンから流れる「いつもだれかに」にどれほど心を救われたことか。再結成後のライブには一度だけ足を運んだが、フレッシュさのかけらもない新曲に戸惑った。決定的に心が離れてしまったのは2013年にリリースされた『サニーデイ・サービス BEST 1995-2000』のそのアートワークだろう。もう言葉で説明するのもウンザリする。とにもかくにも「こんなものが俺の好きだったサニーデイなのか」と心底絶望したものです。といったような自分語りはほどほどに、時間軸を無理矢理に現在に戻すのであれば、話題は『Dance To You』のジャケットの素晴らしさだ。黒光りした男の身体、そこから零れ落ちるだろうギトつく汗はソウルそのもの。そして、その身体以上に深く黒い”影”がブルーを染める。永井博によるイラストレーションの得体の知れないフィーリングには、アートとはこういうものだろう、とひとりごちてしまう。


甘く切ないメロウネスとどこかストレンジな質感が同居したエッジの効いたダンスミュージック。いや、別に呼び方は”ロックンロール”でも”ポップス”でも何でもいいような気がするな。山下達郎の音楽から得られる、魂の解放といったような胡散臭い言葉でしか表現し得ない何かが、このアルバムには蠢いている。山下達郎が屈指の凄腕ミュージシャンと共に成し遂げてきたその達成を、実にカジュアルなディスコビートとギターカッティング(ギタープレイヤーとしての曽我部の魅力を再発見するアルバムもである)でもって鳴らしてしまった。その精神面への負担は想像だにできまい。およそ50曲をボツにしたというバンド史上最長の制作期間、事務所運営の危機、体調不良によるメンバーの離脱といったハードなエピソードの数々は、(見事なプロモーション戦略、とは思いつつも)この『Dance To You』という傑作への入口としてあまりにも豊かなので一読をオススメする。良くも悪くもサニーデイ・サービスらしさそのものであった丸山晴茂のドラムを失った事で曽我部がリズムのイニシアチブをとる。それが今作の鍵だ。自らがドラムを叩き、プログラミングを行ったというその軽薄なビート。Mikikiに掲載された田中亮太氏による素晴らしく芳醇なインタビュー
mikiki.tokyo.jp
によれば、再評価の波で盛り上がっている往年のディスコバンドChicからインスピレーションを得たという。


ダンダンダンス。

音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。


村上春樹ダンダンダンス』

この羊男の言葉は全てのダンスミュージックの根幹を見事に言い現わしてしているように思える。音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けること、それだけがこの”喪失”を繰り返すクソったれの世界をサヴァイブする方法なのだ。そして、村上春樹の物語に倣うのであれば、私たちの暮らすこの世界のすぐ側には、”もう1つの世界”というのが存在する。それはかつてサニーデイが”MUGEN 夢幻”と名付けた場所と同意かもしれない。『Dance To you』の楽曲の登場人物達は、あらゆる繫がりを失い、混乱し、気がつけば、その”もう1つの世界”に彷徨い込んでしまっている。

ねぇ、ここは何て名前の街だっけ?


パンチドランク・ラブソング」

見たこともないこんな街で知らないだれかを探してる


「苺畑でつかまえて」

村上春樹が描く”もう1つの世界”というのが、禍々しくもどこか哀しく、甘美さすら湛えているのは、それらが喪失によって形成された世界であるからだ。『Dance To You』の音像がたえずゴ―ストリーな響きを携えているのはそのせいかもしれない。喪失は、頻出する”桜”のイメージと結ばれる。

花吹雪舞い散る世界


「苺畑でつかまえて」

夕暮れの街切り取ってピンクの呪文かける魔女たちの季節


「セツナ」

桜 花びら舞い散れ あのひと連れてこい


「桜 super love」

ここでいう“桜”とは、サニーデイ・サービスの2ndアルバム『東京』がリリースされたちょうど20年前のこの街の空気、いや過ぎ去った20年間に他なるまい。
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”もう1つの世界”では今は失ってしまったはずの多くのものが煌めき、こちらを見つめている。そこはとても心地のいい場所だろう。しかし、踏み止まってはいけない。足ごと絡め取られる事になる。僕らを悲しみを抱えながらも、ステップを刻み続けなくてはならないのだ。ただ、そのもう1つの甘く切ない世界は、日々のすぐ近くに存在する、という事だけは覚えておくといいだろう。

君がいないことは 君がいることだなぁ


「桜 super love」

この一見ありふれたレトリックでできたフレーズは、貴方がこの失い続ける現実世界で、懸命にステップを踏む時に、とびきりの効力を持って響いてくるに違いない。『東京』の6曲目に針を落としてみる。

憶えてない夢のせいで心が
何メートルか沈み込むんだ
熱い濃いコーヒーを飲みたいんだ
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
今んとこはまあ そんな感じなんだ



「青春狂走曲」

まったく、サニーデイ・サービスの音楽はまるで過去と未来を往復する手紙のようだなぁ、なんて事を想うのだ。