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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ジェームズ・ワン『死霊館 エンフィールド事件』

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現代ホラー映画界のトップランカーであるジェームズ・ワン(『ソウ』『インシディアス』)による最新の一撃は期待に違わぬ傑作でありました。史実を元にした悪霊事件に立ち向かうゴーストバスター夫婦活劇としても楽しめる「死霊館」シリーズの2作目『死霊館 エンフィールド事件』である。ちなみに邦題があえてナンバリングしていない事からもわかるように、前作を観ていなくてもまったく問題ない、一見さんウェルカムな作りとなっています。


主人公であるエド(パトリック・ウィルソン)はカトリック教会公認の悪魔研究家、その妻であるロレイン(ヴェラ・ファーミガ)は心霊透視能力を持っている。『悪魔の棲む家』としても有名なアミティヴィルでの事件を解決後、おぞましき悪魔の夢(夫の死という予知夢)に悩まされるようになったウォーレン夫妻は悪魔祓い業からの引退を考えている。そんなさなか、教会からロンドンで発生してる悪霊事件の調査依頼が舞い込む・・・というあらすじ。


いやはや、これが抜群に面白い。史実であるというリアリティが支えるそのストーリーテリングもさることながら、さながらジェームズ・ワンによる映画の教科書のような演出の数々。現行のホラーにありがちな、”ビックリ”と音に頼った演出は控えめ。緻密な画面設計とカメラワークで「見つめる者」としての観客の恐怖心を煽る、古き良きクラシックスタイル。例えば、あの2階の廊下の端に張られているテントのルックが醸し出す不穏さときたら。もうそれだけで断然優秀なホラー作品なわけですが、この『死霊館 エンフィールド事件』は実にハートフルな家族映画でもある。煙草代を押さえて購入したビスケットを分けあう家族の姿の何と温かなことか!この一家に見えない亀裂をもたらしている父の不在。それは劇中において音楽の不在として置き換えられる。離ればなれになった一家がクリスマスの夜だけ集まり、崩壊したリンビングにてエドがエルビス・プレスリーのナンバーをギターで弾き聴かせるシーンの素晴らしさ。エドのあの印象的なモミアゲがこう活きてくるなんて。


悪霊に取り憑かれた気の毒な一家であるが、それが超常現象であるが故に、世間からの疑いの目も避けられない。「自作自演」「給付金狙い」といったレッテルまで貼られ、調査に現れたロレインからも「この現場には心霊を感じられない」と証言されてしまう始末。しかし、それでもウォーレン夫妻は、この一家に肩入れをしていく。それはウォーレン夫妻と一家が、共に「存在の揺らいだ者」として共鳴しているからだ。“揺れる”というのはこの映画のキーとなる運動である。それは家具がひとりでに揺れ動くポルターガイストとしての心霊現象の”揺れ”でもあるし、見えざる”何か”の存在を知らしめるブランコやソファーの揺れ。そして、何より登場人物達の存在の”揺らぎ”である。そもそも映画は、ジャネット(マディソン・ウルフ*1)が学校での喫煙の疑惑をかけられる所から始まる。悪友との戯れが原因なのだけども、教師からも母親からも事の真偽を信じてもらえないジャネット。また大好きだった父親も家を飛び出してしまった存在が引きちぎられつつある彼女は次第に悪霊に身体を乗っ取られていく。一方の、ウォーレン夫婦もまた心霊事件の解決による名声と比例するよう浴びせられる世間からの「イカサマ」「ペテン」といった懐疑の言葉に疲弊している。そういった心の動揺に、悪魔はつけ込むわけだが、ある意味その悪魔がアメリカとロンドンという距離を隔てたウォーレン夫妻と一家という2つの揺らいだ存在を結びつけてしまう。修道尼の格好をした悪魔の造形がまずもって抜群にイカしていて、ラストのバトルシーンもいい。そして、悪魔の撃退方法が、「名前を呼ぶ」という存在の確定をもたらす行為であるのも、今作が”揺れ”の映画である事に実に示唆的である。

*1:この無名の新人マディソン・ウルフの魅力が、またこの映画を特別なものにしている。赤い寝巻き姿がキュート