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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』

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この世界で、最も私好みのハッピーエンドを披露してくれる作家、それがエーリッヒ・ケストナーだ。ただ甘いだけではなく、とびきりのユーモアとペーソスで、過酷な現実に置かれた主人公達(とりわけ、親とはなればなれになってしまった子ども達にケストナーは深い愛情を注ぐ)をしかるべき場所に導いてくれる。『エーミールと探偵たち』『点子ちゃんとアントン』『ふたりのロッテ』『一杯の珈琲から』etc・・・眩いばかりの傑作を多数執筆している作家だが、代表作を1本選ぶとなれば、やはりこの『飛ぶ教室』になるだろうか。高橋健二の訳が有名だが、新訳も充実しており、とても手にとりやすい。

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)

丘沢静也の光文社古典新訳文庫も素晴らしいが、まず手にするなら、少しキザでスウィートな岩波少年文庫での池田加代子の訳をオススメする。子どもに向けた明瞭な文体のリズムの良さが、ハッピーエンドに向かう物語の幸福感をドバドバと増幅させてくれるように思う。


こんどこそ、クリスマス物語の決定版を書く。

と意気込む作者のケストナーが”まえがき”(更には”あとがき”でも)において出しゃばり、物語が始まる前の”おしゃべり”をする。いや、むしろこの”まえがき”でケストナーは言いたい事の全てを喋り切っている。彼が今作で伝えたいのは

くじけるなよ、ボーイズ

という事に尽きるだろう。もちろん、ボーイズ&ガールズだ。一遍の曇りもなく、ただただ幸せしか描かれない砂糖菓子のような子ども時代が描かれている作品を、ケストナーは「こんなものは、ウソっぱちだ!」と一蹴する。子どもの流す涙は、時には大人の流すそれよりも重たい事だってあるはずだ、と。

どうしておとなは自分の子どものころをすっかり忘れてしまい、子どもたちにはときには悲しいことやみじめなことだってあるということを、ある日とつぜん、まったく理解出来なくなってしまうのだろう。(この際、みんなに心からお願いする。どうか、子どものころのことを、けっして忘れないでほしい。約束してくれる?ほんとうに?)

みんなには、できるだけしあわせであってほしい。ちいさいおなかが痛くなるほど、笑ってほしい。ただ、ごまかさないでほしい、そして、ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじげない心をもってくれ!


ボクシングで言えば、ガードをかたくしないければならない。そして、パンチはもちこたえるものだってことを学ばなければならない。さもないと人生がくらわす最初の一撃で、グロッキーになってしまう。人生ときたら、まったくいやになるほどでっかいグローブをはめているからね!

人生というとてつもなく理不尽で暴力的な怪物。大事なのは怪物がもたらす”悲しみ”への準備をしておくこと。備えあれば、憂いなし。その為に大切なのは、言うまでもなく知恵と勇気だ。「言うまでもない」と書きながらも、それをどうしても理解できないのは、子どものみならず大人に多い。だからこそ、ケストナーはとびっきり魅力的な物語を書く。ちょっぴり悲しくて、だけども特大級に幸せな結末を迎える、知恵と勇気の物語を。



個性的な5人の少年の友情、寄宿学校生活での苦難と喜び、他校の生徒との決闘、信頼できる大人との出会い、そして降り積もる雪、演じられる劇中劇、家族と過ごすクリスマスの甘美さ・・・まったく、トピックを抜き出しただけでも、この『飛ぶ教室』が最高に素敵な物語である事がバレバレだろう!そして、細部もどこまでも素敵なのだ。全てに言及していたら、限がないので、”正義さん”と“”禁煙さん“というキャラクターの素晴らしさについてだけ記しておきたい。とりわけ”禁煙さん”の魅力ときたら。その魅力を語るには、何故彼がそんな名前で呼ばれているかが書かれたセンテンスを抜き出せば、おわかり頂けるに違いない。

禁煙さんーみんなはその人をそう呼んでいた。ほんとうの名前はまったくわからない。たばこをすわないから禁煙さんなのではない。むしろ、すいすぎるほどすう。<中略>なぜみんながこの人を禁煙さんと呼ぶかというと、この人は、市民農園の自分が借りている区画に、お役ごめんになった客車をおいて、夏も冬もそこに住んでいるからだ。客車は、二等の禁煙車だった。

わお!「笑わないから スマイル」(Ⓒ松本大洋『ピンポン』)以上に素敵じゃないか。この世捨て人の”禁煙さん”が子ども達の立場に寄り沿って、本当に素敵なアドバイスを繰り出すのだ。



この”禁煙さん”や”正義さん”をはじめとして、かつて子どもだった大人が印象的に物語に配置されている。時間はどうしたって流れ、少年時代は失われる。”まえがき”の序文を借りるのであれば、仔牛はおおむね雄牛になる。それは抗えない、降参だ。大事なのは、「子どものころのことを、けっして忘れずに大人になる」という事。少年達が演じる劇中劇『飛ぶ教室』における聖ペテロの台詞で締めたい。

過ぎ去りしもの、いまだそのあとをとどめ、
道はその足あとをとどめる
引き裂かれたものは、しるされて残る
さあ、歩みいでよ


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