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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

『二人は旅の途中』~猪原秀陽というマンガ家について~

ある日、Twitterをボーっと眺めていたら、最高にクールな絵が目に飛び込んできた。


リンクを踏むと、そこにはむちゃくちゃかっこいいマンガ表現が広がっていた。作者の名は猪原秀陽。
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『二人は旅の途中』という作品をweb連載している『電脳』の著者紹介によれば、

2009年に多摩美術大学を卒業後、建設現場や子供向けの美術教室で働きながら自分の作品の制作をしている

とのこと。とすると、年齢は20代後半といった所だろうか。新しい才能の登場に興奮した。貪るようにして、ネットで閲覧可能な作品を読み漁ってしまった。時に横書き進行で緩く展開されるその作品群を、あえて「~っぽい」という形容で評するのであれば、アメリカンオルタナティブコミックと朝倉世界一の出会いのようである。と、してしまうのは安易だろうか。



まず、目を引くのはやはりその画力だろう。水彩画タッチというアート志向を線の強弱でポップにコントロールしており、絵本としても成立する間口の広さとスタイリッシュな最新系のマンガ表現とを両立させている。絶妙なタイム感(まるで音楽が鳴っているような!)のコマ割りとときにあえて脱構築させるヘタウマな構図も抜群。ネームも凄い。バディロードムービーをベースに置きながら、建築現場で働いているという経歴を活かしたDIY漫画(自分達の力でゼロからモノを作り上げるということ!!)からゾンビや吸血鬼、果てには神さままでもが登場するバトル漫画へ。荒野を走る車は、ジャンルさえも自由に横断する。作品に通底するアナーキズム、類まれなるユーモア、そして秘めたる熱情よ。



ケンちゃんとマイコ―。2人なのだけど、どこか1人の人格のような主人公。荒唐無稽な状況でも、黙々と作業をして人の集まる場所を作り上げる。できるだけお気楽に「実は人って決して”孤独”などではないのでは?」と伝えてくれる。

アメ配りヘリコプター、工事現場をずっと見てるおじさん、どこかの街をうろつくヤバい奴、何かを押さえている猫、日曜日の爽やかな朝や光がどうしても不快に感じる時がある、カラーコーン、犬の糞が風化するまで、おしり、ウソみたいな靴・・・これらのことに関係はないけれど、きっとどこかでつながってるはず

「Eliza」という作品の冒頭なのだが、ここに猪原秀陽作品の真髄が記されているように思う。「映画」という作品における劇中映画の中に「まだ見ぬ友へ」という書き出しで始まるマッドサイエンティストからの手紙が唐突に登場する。その手紙は

ーいつかあなたに会うことをとても楽しみにしています

と締められている。もしくは同じく「映画」の中でこれまた唐突に挿入される主人公らの回想シーン。

あのさ いつかみんなで宇宙旅行にでも行けたらいいね

このフィーリングなのだ。どんなに遠く離れていようとも、あらゆる”ミーツ“を、もしくは”再会”を、ちっとも諦めていない。だって実際に彼らは宇宙ロケットを作り上げてしまうのだから!そんな中で、私はとりわけ前述の「Eliza」という作品が特にお気に入りだ。エリザは有名ブランドのデザイナーになることを夢見る少女。しかし、

頑張れば
絶対夢は叶う
って言うけどさ
頑張った人全員の夢が叶ったら
世界中ロックスターと金持ちだらけになっちゃうし
そんなのありえないよね

という風に実にリアリストだ。そこでケンちゃんは

何か
俺が勝手に考えてることなんだけどさ
夢は全員叶うんじゃないか
とか
思ってて

多世界解釈、いわゆるパワレルワールドというやつの存在を説いてみたりする。例えば、A君とB君とC君が全員ロックスターになりたかったとして、その3人全員がこの世界でロックスターになるのは確かに難しいかもしれない。しかし、A君がロックスターになったこの世界とは別の世界でB君はロックスターになり、それまた別の世界ではC君がロックスターなのだ!という考え方はできないだろうか?と。なんたるロマンティックさ。モーテルで隣のケンちゃんとマイコ―の部屋を眺めてエリザが言う。

あっ私の部屋とちょっと違うかも

わお。そんな風にして、パラレルワールドというのは確かにあるのかもしれない。それでも、やっぱりこの世界ではB君とC君の夢は叶わないわけで。だけども、みんなには胸を張って歩いてもらいたい。マイコ―は考える。

夢は叶わなくても生きていける心持ち
たった一人でも毅然と輝く心持ち
を手に入れたら
それは夢が叶うことよりすごいことかもしれない
今はまだ無理だけど
ロックスターになるより簡単に違いない
そしたらきっと堂々と世界を歩けるようになってさ
山に登って向こうの山を見たら
エリザが頂上にいて
「おーお前はそこまで行ったのか」
なんつって
尾根をつたって合流して
ゴッホとかバッハとかホーキング博士とか
全然知らないけど超すごい奴が集まってきて
一緒に焚火をしたりする

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あまりに美しい一遍の詩である。むちゃくちゃ泣かせる。まぎれもなく選ばれた才能だ。全ポップカルチャー愛好家が、彼の今後の活躍に目を離してはならない。猪原秀陽という超すごい奴に出会えた僕らは、とりあえず焚火の準備でも始めようではないか。