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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ナカゴー特別劇場『もはや、もはやさん』

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ナカゴー特別劇場『もはや、もはやさん』inココキタを鑑賞。70分の中編。いやー面白かったです。高畑遊はそのすべてが面白い。観劇から数日後に、あの声で再生される「いただくわ、だって食べたいもの!」を部屋で思い出して笑い転げました。ナカゴー『黛さん、現る』(2012)での壇れい役が今なお忘れがたい、菊池明明(ナイロン100℃)がまたしても怪演。例えるならば、望月峯太郎の傑作『座敷女』のサチコのような恐ろしさ。

座敷女 (KCデラックス ヤングマガジン)

座敷女 (KCデラックス ヤングマガジン)

マームとジプシー『cocoon』でのサン役でついたファンの印象を(いい意味で)ぶち壊してくれた事でしょう。そして、何と言っても素晴らしかったのが金山寿甲だ。篠原正明(ナカゴーの看板男優)が出演しないナカゴー作品のパワーダウンは否めないのだが、金山寿甲は全く違うベクトルで、作品を高めている。ナカゴー作品にしては極めて珍しく、最後まで(比較的)まともであり続ける彼の巻き込まれ型の存在が、いとうせいこう云う所の”ツッコミ不在の世界”である荒唐無稽な作品展開から客席をおいてきぼりにさせなかったように思う。であるからして、本作は極めてナカゴー入門編に相応しいわけだが、もう公演が終了してしまっているのでこんな事を書いてもあまり意味はない。もし、再演が決定した際は、ぜひ。しかし、こんな巧くて雰囲気のある役者さんを何で今まで観た事がなかったのだろうと不思議に思い、チラシで確認してみたら、東葛スポーツの主催者の方だと言うではありませんか。なるほど、あの流麗な日本語の発話を支えているのは落語とラップか、とひとりごちる。「それじゃあ、お前さんのパロディーになっちまう」という台詞は今作品で1番のお気に入りだ。


まずどこかで観た事のある設定を徹底的にトレースして、心温まるストーリーを構築するのが、ここ最近の鎌田順也の傾向だ。それはアメリカ映画であったり、是枝作品であったり、ジャパニーズホラーであったり、様々。今作では、二代目夫婦が営む洋食屋、というやはり映画やドラマで散々観てきたような設定を間借りしている。クリシェ満載の人情ドラマをベースに、唐突過ぎるボケがひたすら野放しにされている内に、菊池明明のホラーな存在が、その人情の部分をいやーな方向に増幅させていく。最後はもはやお約束のスプラッター大立ち回りなわけだが、今回印象的だったのはその引き金として挿入される「採用オーディション」の可笑しさ。あの鋭い批評性やメタ感は、金山寿甲が持ち込んだものだろうか。


キヨスクという狭い箱で働く大女、太り過ぎて歩くだけでテーブルのグラスを割ってしまう従業員、今作に通底しているのは”収まりの悪さ”である。それは前述の『座敷女』にも通ずる都市部で暮らす孤独が生み出す哀しみのようなものだ。その対比として描かれる洋食屋夫婦の絆(のようなもの)。「この都会に私の居場所はなーい」という菊池明明の叫びには、その怪獣のようなゾンビのような身体性に大笑いしていたはずが、少しホロリ。ナカゴーがひたすら「笑える劇団」としてのみ語られている現状が、私には少しだけ不思議なのです。