青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

小山正太『5→9〜私に恋したお坊さん〜』6話

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4~5話があまりに低調で、観る気力を失いかけていたのですが、6話で再び息を吹き返す。いやはや、見違えるほどに素晴らしいではないか。クレジットを確認すると、演出が1~3話を担当していた平野眞(『ショムニ』『HERO』など)に戻っており、「なるほど」と独りごちる。テレビドラマだろうと演出家(=監督)によってこんなにも印象が変わるものなのだ。映像の感度が全然違う。そして、平野眞がメガフォンをとると、不思議な事にしっかりと”コメディ”になる。役者の演技の間とか編集のテンポが抜群に良くなるからだろう。やはり重要なのはリズムだ。差異が明白なのは、桜庭家の面々の演技ではないでしょうか。4~5話ではどこか浮足立った人々という印象を受けてしまったのですが、今話においてはコメディリリーフとしての役割を全うしている。このドラマにおける桜庭家は本当に愛おしい。上島竜平演じる父がやたらとお風呂やおでんの温度を気にしているのもおかしいし、戸田恵子演じる母が何故かずっとU字工事の「ごめんね、ごめんねぇ」を連呼しているのだが、それを放りっぱなしにしてしまうセンスもいい。



まずもって、6話は脚本自体がいい。清宮(田中圭)が男やもめだとか、どう考えても先の読める展開を引っ張り続けるなどの悪手も見受けられますが、1~3話にあったような奥深さが戻ってきている。3話において

あなたはかわいい。怒っているあなたも、涙を流しているあなたも、ご飯を食べているあなたも、雑巾がけをしているあなたも、英語を教えているあなたも、家族といるあなたも、どんな時でもあなたはかわいい。

という必殺フレーズを披露した高嶺(山下智久)のストーカー的資質は、更に拡大し、自分が知り得なかった時代の潤子(石原さとみ)を欲するようになる。潤子の祖母の法要にかこつけ、祖母と幼い頃の潤子が映された桜庭家の家族ビデオに貪るように見入る。そして、”今”の潤子を一瞬も取りこぼしたくない、と自身もカメラを回し始める。そして、巧いのが、「潤子の祖母が笑わない人だった」というエピソードの挿入だ。確かに、高嶺がどれだけビデオを見漁っても、祖母の笑う姿は映っていない。しかし、潤子に向けてカメラを構える自分自身と重ね合わせて気づく。祖母はカメラを家族(=潤子)に向けながら笑っていたのだという事を。高嶺の「どんな時でもあなたはかわいい」と想う気持ちが、カメラには映らないもの、本来は知り得ない時間などを、炙り出していく。とても美しい脚本だな、と感じた。



予告によれば、最終回まで折り返しを過ぎているのに、ただでさえ多く処理し切れていない登場人物がまだ増えるようだ。不安は募る。ときに、3話以降から脚本に小山正太に加えて根本ノンジという人物がクレジットされるようになった。Wikipediaによると、木皿泉『セクシーボイス&ロボ』の5話で急遽代役執筆し、更には『野ブタをプロデュース。』『Q10』などに”ブレーン”として参加している。他にも『銭ゲバ』のブレーンや『弱くても勝てます〜青志先生とへっぽこ高校球児の野望〜』でも数話脚本を担当しているので、河野英裕プロデューサーの秘蔵っ子なのだろうか。まぁ、何にせよ、テレビドラマ界における1つの作品ので複数の脚本家、演出家の起用という慣習は、雇用機会均等には役立っていても、作品自体へのメリットは少ない事の方が多いように感じます。