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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

鈴木雅之『HERO』

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フジテレビ制作のテレビドラマ『HERO』の8年ぶりの劇場版。SMAP木村拓哉演じる検察官・久利生公平が型破りな捜査で事件の跡をなぞっていく。探偵や刑事を主役に据えた所謂「推理物」に連なる作品であって、私はどうしてもそういったジャンルの作品に過剰に肩入れしてしまうのだ。彼等が必死に捜査して追い求めるのは、「人がそこに"居た"」という事実だ。1人のパーティーコンパニオンが交通事故によって亡くなる。現場は大使館前。その場所柄、治外法権なるものが持ち出され、捜査は難航してしまう。彼女という存在がまるで”無かったこと”にされてしまうのである。久利生公平という男はそういった事態に徹底的に抗う。彼女に特別な思い入れがあるわけでもない。匿名の1人に過ぎない女性が「ただそこに"居た"」という事実を証明する為に奮闘するのである。事件の跡をなぞる事で、孤独な都会に埋もれようとする人々の輪郭を浮き彫りにしていく。この久利生の行動は、コナン・ドイルのホームズが、あるいはレイモンド・チャンドラーのマーロウが、といった風に脈々と受け継がれてきた推理小説の魂みたいなものだ。

ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ

この『HERO』という作品は、そういった魂をしっかりと継承している。そして、今作には、もう1つの"無かったこと"にされようとしている事実がある。それが、捜査を進めていく中で、はっきりと"在ったのだ"と宣言される。その素晴らしさ。それが何であるかを、みなまで言うのは野暮になってしまうのだが、堪えきれまい。8年ぶりに姿を表す雨宮舞子(松たか子)が、かつて久利生に抱いていた“想い”である。久利生と雨宮が2人きりで、ドラマシリーズでお馴染みのあの取調室に入った瞬間。あの部屋にずっと残響していた”想い”をはっきりと雨宮が取り戻す。そんな質感がはっきりとフィルムに収められている。もしくは、同じくドラマシリーズでお馴染みの、あの茶色のダウンジャケットに久利生の雨宮への”想い”が宿っていたのかもしれない。映画冒頭から久利生が執拗に口にする「さみぃ」が、再びこのダウンを羽織る伏線になっている演出も憎い。そして、確かにそれは"在ったのだ"と彼女の口から発されるシークエンス。思わず瞳を震わせてしまった事を告白しておく。まさか『HERO』に泣かされるとは、という感じである。映画終盤、久利生と雨宮がすれ違っていくあの街路樹でのシークエンスにも”人生”とか”時間”というものがしっかり刻まれているように思います。


特に2期に顕著だが『HERO』という作品の特徴的な演出として「フード理論」が挙げられる。St.George's TavernというBARが重要な場所として描かれているのもそういう理由からであろう。久利生と城西支部の面々が同じ物を口にする事で、久利生の"魂"のようなものが伝染していく。余談になるが、松重豊を城西支部の新しい部長に、というキャスティングが決定した時、製作陣はさぞかしニヤリとした事だろう。なんせ彼は「“孤独”のグルメ」の男である。そんな彼が"共に食す"事で事件を解決していくドラマに出るのだから。劇場版である今作でも「フード理論」はたこタコスに始まりジャイアントソーセージ、牛丸次席お馴染みの和菓子etc・・・といった風にこれでもか、と多用され、同じ食べ物を口にした者達の魂がしっかり結びつけられていき、物語が転がっていく。


また改めて、角野卓造松重豊杉本哲太小日向文世濱田岳八嶋智人正名僕蔵吉田羊北川景子というキャスティングの好感度の高さときたら。秀逸な会話劇を用意する脚本を完璧なリズムとユーモアで演じてくれる。全員が並ぶカットの幸福感も高い。今作における新規メンバーもイッセー尾形大倉孝二児嶋一哉アンジャッシュ)なんていう絶妙のキャスティングに唸らざるを得ません。8年前の劇場版と違い、所謂「キムタク劇場」に頼り切ってない所も評価したいポイントだ。勿論、粗はたくさんある作品ではあると思いますが、私は断固支持したい所存でございます。求む、ドラマ第3期!