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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

岡田恵和『ど根性ガエル』1話

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河野英裕×岡田恵和によるドラマ作品『ど根性ガエル』の放送が開始された。素晴らしい!キャスティングや演出(狩山俊輔と菅原伸太郎!)の布陣だけで上がりに上がっていた期待値をゆうに飛び越えてきました。出演レギュラーメンバー総勢で歌うOP「ど根性ガエル」は泣けてくるほどの出来栄え。EDがザ・クロマニヨンズなのも言う事なしだ。木皿泉脚本作品を多く手掛けるプロデューサーと『最後から二番目の恋』『さよなら私』と充実作を連発する脚本家の強力タッグは『銭ゲバ』『泣くな、はらちゃん』に続いて3本目。河野プロデュース作品の連なりで見てみても、

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Q10』(木皿泉)、『妖怪人間ベム』(西田征史)、『泣くな、はらちゃん』の「人ならざるもの」三部作の、その先を描く集大成的なドラマになるのでは、と楽しみでなりません。
ど根性ガエル:第1巻 男はつらいよの巻

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ど根性ガエル』は言わずとしれた吉沢やすみによる漫画作品だが、本作はその原作をなぞるのでなく、その16年後を新たに創造し、実写で表現している。こういった試みは『ドラえもん』や『サザエさん』といった超国民的作品に対しても広告代理店がCMで行われてわけですが、個人的にはそれら愛と羞恥心のなさに正直「反吐が出る」の一言。しかし、今回の『ど根性ガエル』の実写化続編に対しては、何ら否定的な感情を抱かない。何故でしょう?それは、既にソルマック胃腸薬CM(今回のドラマと同様に30歳になったひろし達をアニメーションで描いている)の前例があるからでも、思い入れの度合いの問題でもなくて、”今”描くべき物語が『ど根性ガエル』の続きにあるのだ、という作り手の想いを強く感じられるからだろう。とにもかくにも、ピョン吉という強いアイコン性を備えながらもあとがきを加えてしまう事に耐えうる気安さと柔軟性を持った『ど根性ガエル』をリビルドの対象に選びとったセンスよ。


さて、ドラえもんの名前を持ち出したのはもう1つ別の理由があります。

ドラえもん』が1969年連載開始、『ど根性ガエル』が1970年連載開始、と始まった時期も近く、当時の少年漫画のセオリーとは言えキャラクター配置やデザインにも親和性を感じる両作。ドラえもんとピョン吉の目と口なんてそっくりだ。ドラえもん×のび太、ピョン吉×ひろしの関係性もエモーションとしては同一。やや強引かもしれないが、私はドラマ『ど根性ガエル』から、「永遠に終わる事のない『ドラえもん』の最終回を描こう」という意志を感じるのだ。のび太は連載開始から50年近く経った今も小学生であり続けるが、ひろしはこのドラマによって中学生から30歳へと時計の針を進める。いつまでも子どもではいられない。通過儀礼として、どこまでも面倒見が良く、と同時に最高の友人でもあるパートナーであるピョン吉(=ドラえもん)に向けて、お別れの言葉を贈らなければならないのだ。物語はおそらく、その”さよなら”に向けて進んでいく事だろう。ピョン吉がひろしとの別れが近い、という事をこっそりと教える対象が”猫”であるというのは、深読みのし過ぎか。


あらかじめ決められた別れへの涙をこらえるような、満島ひかりの声がいい。かわいくて、強くて、切なくて、優しい。聞いているとボウっと胸が熱くなるような、”生きる”ことそのものみたいな声だ。満島ひかりという才能に対してはどんな称賛も惜しむまい、毎作品ごとに思わされてしまう。ひろし演じる松山ケンイチの空洞感といいますか、木偶の坊感も抜群。東京下町言葉のリズムも心地よい。古今亭志ん朝志ん生の落語で勉強でもしたのでしょうか。2人の掛け合いがあまりに豊かなのは、どうやら満島ひかりは声のみの参加にも関わらず、撮影現場に赴き、カメラの映らない所で演技しているらしい。元ヒロインという役柄をルックス含め見事に体現している前田敦子、「ゴリライモ」の歌もノリノリな新井浩史、もはまり役。特に前田敦子の「これから漫画の世界で暮らしていくわけなんだけど」(ゆらゆら帝国)感ときたら。そして、河野プロデュース作品において常に「全てをわかってしまう人」として登場する薬師丸ひろ子の演じる”母ちゃん”がやはりずば抜けていい。Tシャツに貼り着いたカエルを当たり前に我が子のように接する姿にも涙。このツッコミの存在しない姿勢にも藤子不二雄の世界観に通ずるものを感じる。ロボットやオバケや異星人が歩いていても町の人は誰も何も言わない。グッと受け入れるのだ。


最後に少しだけ1話について。(原作にはおそらくなかったくだりだと思うのですが)服に貼り付いて言葉を喋る平面ガエルとそれを身に纏った少年は、かつてテレビや新聞に引っ張りだこの国民的な人気者であったらしい。時を経て30歳になった少年は、無職で無気力の冴えない日々を送っている。相棒だったピョン吉Tシャツを着て出掛ける事も最近では少ない。そんな男が、かつての栄光を取り戻す為に奮闘する、というのはよくある筋ではある。本作の素晴らしさはそれを見事に視覚で表現している点だろう。1話の冒頭を思い出したい。橋(今作のメインヴィジュアルでありいくつもの橋が印象的に登場する)に佇むヒロシとピョン吉。風が吹き、子帽子を川に落としてしまう子ども。その帽子を拾ってあげる為、(ピョン吉によって半ば強引に)川に飛びこむヒロシ。彼は川底にひとしきり沈み苦しみ、そこからグッと浮かび上がっていく。高い場所から下降して、底の方まで沈んだ後、努力と根性で上昇する。今作はそういう物語なのだ、と高らかに宣言するようである。『ど根性ガエル』が連載されていた『週刊少年ジャンプ』のキーワードは「友情」「努力」「勝利」だ。その3つしかり「根性」しかり、現代というのはその全てが空虚に響く時代なのかもしれない。だからこそ、目一杯の愛とユーモアで、それらの言葉に再び力を宿すような、そんな作品に『ど根性ガエル』がなってくれる事を期待したい。